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<<   作成日時 : 2007/10/31 20:28   >>

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さまざまなツーリング模様。


☆江の島、鎌倉由比ガ浜ツーリング

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       赤いジャンパーとジーパンというスタイルで。

1985年4月21日(日)

この日の東京の最高気温17度。

赤い、裏地のない布製ジャンパーとジーパンというスタイルで、

走行中もまったく寒さを感じなかった。

水はまだ少し冷たかったが、

由比ガ浜はウインドサーフィンの花ざかり。

砂浜に横たえられたピンクやオレンジのセイルが、

春の喜びを語りかけてくるようだった。

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       ピンクのセイル。由比ガ浜にて。


☆箱根、乙女峠・長尾峠ツーリング

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       乙女峠近くのパーキングで。

1987年10月10日(土)

初めての箱根ツーリング。

乙女峠近くの駐車場で、

たまたま近くにいたライダーにシャッターを押してもらい、

愛車といっしょの写真を撮った。

そのあと、長尾峠をぐるっと一周。

帰りは乙女峠を抜け、

御殿場インターから東名高速に入った。

途中、足柄サービスエリアに立ち寄ると、

おりから「お客様感謝デー」の真っ最中だった。

イベントの一つとして行われた、

地元(駿河小山)の人たちによる勇壮な和太鼓の演奏は、

会場の雰囲気を大いに盛り上げていた。


そうしたイベント会場の華やかさに心楽しませつつも、

僕は“無料休憩所”で、

一人だけのゆったりとした時間を満喫した。

この休憩所は、

広くてテーブルや長椅子がたくさん置かれているが、

ほとんど人の来ないとても静かな場所だ。

一隅には道路施設協会のサービスカウンターがあり、

給茶器で無料のお茶も飲める。

この広い空間を占有しつつ、

どの椅子に寝っころがろうか

などと思案する。

ささやかなぜいたく。

外には森が広がっており、

休憩所から自由に出入りできるようになっている。

森には遊歩道がのび、

テーブルやベンチもそなわっている。

すばらしい環境だ。

孤独な旅人の疲れた心を癒し、

のびのびとした気分にさせてくれる。

ここは僕の魂の休息所、僕の城。

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       和太鼓演奏。

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       無料休憩所。


☆箱根、湯河原、真鶴、小田原ツーリング

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       快晴の芦ノ湖。

1987年12月29日(火)

だいたいのコース。

厚木・小田原道→小田原東P.A売店で天玉そば食べる→箱根ターンパイク→大観山山頂、椿ライン→オレンジライン→真鶴道路(一般道)→みかん畑で休憩→西湘バイパス→国府津西P.A売店→厚木・小田原道

この日の、

東京の日中の最高気温は17度で、

12月末とは思えない暖かさ。

まさにポカポカ陽気で、

大観山(標高1011m)山頂にいても、

まったく寒さを感じなかった。


真鶴道路(一般道)を走行中、

景色のいいところが見つかったので、

オートバイを停めいっぷくすることにした。

そこは、

上を見上げても、

下を見下ろしても、

あたり一面みかん畑。

みかんの木には、

黄色く色づいたみかんがたわわに実っていた。

はるかに見える青い海には、

白い船が浮かんでいる。

童謡「みかんの花咲く丘」のメロディーが、

聞こえてきそうな風景だが、

僕はあえて、

カンツォーネ「帰れソレントへ」に歌われる、

オレンジの園

だと思い込むことにした。

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       みかん畑と遠くの海。


☆大垂水峠、相模湖ツーリング(メモリー)

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       愛車、ヤマハFZR250と。

1989年5月14日(日)

今日は大垂水峠を走ってきた。

国道20号線のわきにオートバイを停めて、

相模湖を眺めていると、

ちょうど通りかかったライダーが、

ピースサインを送ってくれた。


今、午後11時過ぎ。

僕は自室で、

フジテレビのミュージックフェア’89を見ている。

出演は声楽家、鮫島有美子。

彼女が、

ミュージカルの名曲「キャッツ」の“メモリー”を熱唱した。

ミュージカルナンバーを歌うのは初めてという彼女だったが、

さすがに本格派の歌姫だ。

月のようにやさしく、

太陽のように輝かしいその調べに、

すっかり魅了されてしまった。

窓の外はさわやかな5月の夜・・・。

(1989年5月15日、月曜日、午前1時14分記す)


☆大垂水峠、相模湖ツーリング(十六夜の月)

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       渋滞する大垂水峠。1991年5月撮影。

1989年9月15日(金)

夜8時過ぎに大垂水峠を走った。

3連休の初日とあって、

こんな時間だというのに、

峠道は高尾から相模湖まで、

渋滞するマイカーの列でじゅずつなぎ状態。

車はほとんど動いていないようにさえ見えた。


スリ抜けをしながら、

やっとの思いで相模湖にたどり着いたのは、

9時近くになってからだった。

湖畔の公園でひとりたたずんでいると、

嵐山の山際(やまぎわ)に月がのぼっているのが見えた。

均整のとれた美しい三角錐の山、

その黒々とした稜線上に浮かぶ十六夜の月は、

一編の抒情詩のようにやさしい光で包んでくれた。

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嵐山と、旅人が書き入れた月。ちょうどこんな感じでした。桜の花と、その下のおふくろの姿は、見なかったことにしてください。


☆大垂水峠、相模湖ツーリング(熱い思い)

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1991年12月1日、この日ライダーとして復活。旭山ドライブイン駐車場にて。

1992年2月16日(日)

前年8月、

スリ抜け中に左折車と衝突し、

全治3ヵ月の重傷を負った旅人。

その年の12月1日、

新しい愛車ホンダNSR250Rを得て、

満を持して復活した。


そして、それから2ヵ月半、

この日から、

本格的に始動!


早春の大垂水峠の、

冬枯れの景色の中に、

ひとりたたずむ俺。

心の奥底から、

湧き上がってくる、

かぎりない喜び。


思わず、

心の中で叫んだ・・・



俺は今、大垂水にいる!!それだけで幸せ。


☆富士スピードウェイ

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       サーキット走行の帰途。(東名・足柄S.Aにて)

1993年4月14日(水)

カワサキのKAZEのイベントで、

富士スピードウエイを走行した。

走行時間終了の合図として、

チェッカーフラッグが振られるのだが、

これはけっこう感動する。


昼食は、

サーキットの食堂でカレーライスを食べた。

量が多くてわりとおいしかった。

また、サーキットの食堂という場で、

ゼッケンをつけたまま食事をするのが、

何となくカッコよく思えてうれしかった。

食堂の女の子からも、

注目されているような気がした。 ヾ(;´▽`A


サーキットに行く途中、

御殿場市の郊外で桜並木を通った。

東京よりやや遅れて、

ちょうどこのころ満開をむかえた桜の花の、

澄んだうす桃色が、

妙に印象に残った。


☆大垂水峠ツーリング

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       赤いバイク、ピンクのジャンパー。

1997年1月26日(日)

僕は、

愛車、キャンディーレッド&ローズピンクの、

ZZR−250を駆って大垂水峠を走った。


冬の大垂水峠は、

茶とグレーの世界だ。

山肌は葉を落とした雑木林と、

くすんだ色の針葉樹に覆われている。


そこには、

僕がこよなく愛する、

エメラルドのような木々の緑はない。


しかし、

この日の空は素晴らしかった。

冬特有の澄んだ空気、

無限に広がるコバルトブルー

その青の世界を、

山の端(やまのは)から次々と飛び出してきては、

悠然と流れていく、

白いちぎれ雲。

その自由な姿。


僕の心は、

遥かなものへの憧れと、

青春のあつい思いで満たされていた。

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左側の山の端から飛び出した雲が、青空を横切って矢印の方向へと流れていった。この写真は1999年6月13日に撮影したもの。



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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。遊びに来ました。
当時の写真懐かしいですね。。。俺は40過ぎのリターンライダーです!(^^)!1985年
私はCBX400からCBRに乗り換えた思い出があります。その頃はっせっせと峠に通っていました(懐かしい)今は念願の刀に乗っています。
アレックス
2007/11/02 13:57
 アレックスさん、コメントありがとうございます。アレックスさんは、まだ現役だそうでうらやましいです。僕はいろいろ事情があって、今は一時休止しています。しかし、今でも、走行中(四輪ですが)にコーナーが目に入ると血が騒いでしまいます。これは、性格だから80歳になっても変わらないかもしれません。
 それから、“懐かしい”とおっしゃられたのは、僕にとって大変うれしいお言葉でした。なぜなら、僕は80年代後半を、オートバイの黄金時代だと思っており、もう一度あの“お祭りのような時代”がくることを切望しているからです。ミーハーだと言われるかもしれませんが、今の高速のP.A(三京の保土ヶ谷など)のさびしさには耐えられません。
 アレックスさんは、現在、刀に乗っておられるそうですが、いいですね〜。僕は4大メーカーのうちでは、スズキが一番好きなんです。250ccしか乗ったことのない僕には、刀はあこがれ的存在でした。
 もうすぐ冬、ライダーにとってはつらい季節の到来ですが、事故などに気をつけて、“走り”を楽しんでください。
旅人
2007/11/02 16:11
そうですね〜あの頃は本当に楽しかった!(^^)!
しかしバイクに乗っていると、最近私たち!それ以上の年齢のライダーが増えている事が、非常に嬉しいです。昔の様にすれ違いの時の「ピース」サインが無いのが残念ですが(+_+)
スズキ、大好きなメーカーです。スズキイ=
ヨシムラ!憧れていました。今は一時休止しているそうですが、また乗り始められる事を
応援します。
アレックス
2007/11/03 16:03
アレックスさん、ありがとうございます。コメントを拝見すると、勇気がわいてくるような気がします。現在は、高齢の親の面倒をみているので、なかなかむずかしいですが、いずれ、ライダーとして復活したいと考えています。でも、どんな状況にあっても、夢だけは抱き続けられますよね。僕は、病院内を親の車椅子を押して歩いている時でも、頭の中では、大垂水峠を走る自らの姿を、思い描いたりしています。大事なのは、想像力だと思います。アレックスさん、お互いどんな時でも、胸にロマンを秘め、ドラマチックな人生を歩んでいきましょう。 
旅人
2007/11/03 17:55

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