夢と冒険とロマン

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zoom RSS 神よ、なぜ僕を助けたんだ!(S)

<<   作成日時 : 2008/01/28 01:36   >>

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かつて走り屋(峠道などを、サーキット替わりにして走る人たち)をしていました。未熟なテクニックで、無謀きわまりない違法行為をしていたんです。そのまま続けていれば、100%事故死していたでしょう。

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         二輪免許取得後間もない頃。希望にあふれていた。

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          元気な頃のおふくろ。

僕が今生きているのは、ある若い女性ライダーのおかげです。

名も知らぬその人と出会ったのは、

忘れもしない’93年3月6日(土)の夕刻のことでした。

場所は、行きつけのバイクショップの前。

スズキGSX−R1100に乗ってさっそうと現れた彼女と、

ちょっとしたきっかけで話が始まりました。

            *        *        *

僕は、日頃心を痛めていた、

峠での走り屋の若者たちの死亡事故について、

彼女に話し始めたんです。

ちなみに、

走り屋の死亡事故は、

主に走り屋側がセンターラインをオーバーして、

対向車と衝突することによって起こっていました。

“なんとかならないものか”

僕は、

“走り屋が気の毒だ”

という含みをもたせて、

彼女にそう言いました。

ところがです。

それに対する彼女の反応は驚くべきものでした。

彼女は、

いきなり叫んだんです。


“衝突された(相手の)車の方がかわいそうですよね!”


僕は耳を疑いました。

たしかに彼女の言うとおりです。

しかし、

これじゃ僕の立場というものがないじゃないですか。

どう対応したらいいのかわからないでいる僕に、

再び彼女の言葉が飛んできました。


“(相手の)車の方が迷惑ですよね!”


いっそう語気を強めて彼女はそう言ったんです。

唖然として彼女の顔を見る僕。

彼女は僕の目をまっすぐに見すえていました。

それでなくとも、ややきつい印象のある彼女の顔が、

いっそうきつく見えました。


そのあとは彼女の独壇場でした。

彼女はやつぎばやに、

吐き出すように、

言い放ちました。


“オートバイなんて全然かわいそうじゃない!”

“みんな死んじゃえばいいんだ!”

“あたし大っきらいなんです!”

“ツバを吐きかけてやりたいくらいきらいなんです!!”



僕は呆然として、

その場に立ちすくんでしまいました。

頭の中は真っ白でした。


しかし、

しばらくして気を取り直した僕は、

彼女に反論してやろうと思いました。

確かに、事故については走り屋の方が一方的に悪いです。

その点に関しては言い訳のしようがありません。

しかし、

当人は大事な命を落としているんです。

それほどの罰を受けているのに、

そのうえ、なにもそこまで言うことはないじゃないですか。

僕は、次のように反論しようと思いました。

すなわち、

“ずいぶんきついことを言うんですね”

と。

ところがです。


うっ・・・・・・・・・・


こ・・・声が出ない!


何度試してみても、

声を発することができないんです。


僕は、僕を見つめる、

眼光鋭い彼女の目を見るからいけないんだろうと思い、

彼女と反対側の方を向き、

振り向きざまに言ってやろうと思いました。


うっ・・・・・・・・・・

うっ・・・・・・・・・・

うっ・・・・・・・・・・



しかし、結果は同じでした。

いくらやっても声を出すことができませんでした。


僕は、ついに反論することをあきらめてしまいました。


そして、その後の彼女の話から、

彼女がそのような過激な態度をとったのも、

無理からぬ理由があってのことだと知ったのです。

さらに、彼女が、

どこの誰ともわからぬ僕のような者の命を、

本気で心配してくれているのがわかったんです。

そのようなわけで、

僕は彼女の言葉を素直に聞くようになり、

ついには、

走り屋をやめる決心をするにいたりました。


こうして、

僕は、結果的に彼女に命を救われることになったんです。

なぜなら、

冒頭でも述べたように、

下手くそなくせにそのままいつまでも危険な行為を続けていたら、

事故を起こして死ぬのは時間の問題だったでしょうから。


*僕は、この出来事について、詳しい内容をブログ(四部作)
 に記しています。興味のある方はご覧になってみてくださ
 い。


  「春風と天使(その1)」を読む
  「春風と天使(その2)」を読む
  「春風と天使(その3)」を読む←クライマックスです
  「春風と天使(その4)」を読む

            *        *        *

僕は、それ以来、

この時声が出なかったのは、

彼女の気迫に圧倒されていたからだと思ってきました。

しかし、

最近、それだけではないような気がしてきたんです。

というのも、

僕には次のような不思議な現象が時々起こったからです。

すなわち、

僕は、

“それを言うと自分が不利になるようなことを、

気づかずに言おうとする時”


声が出ないことが過去何回となくあったんです。

そのような時は、

その現象のおかげで、

トラブルにならずにすんだのでしたが、

そのたびに、不思議に思ってきました。

それで、今回の件も、

それらと同様の現象のような気がするんです。


僕は、以前から、

このようなことは、

“神のなせるわざ”

なのかもしれないと思ってきました。

そして、

そのおかげで助かっていたので、

もちろん、ありがたいとも思っていました。

しかし、今回の彼女との件についてはどうなんでしょうか。


僕は、

彼女に反論できなかったばかりに、

死なずに今日まで生きのびてきました。

でも、

果たしてそれで本当によかったんでしょうか?


今の自分はなんなんでしょう。

高齢のおふくろの世話をしながら、

暮らしているわけですが、

おふくろは病気でとても苦しんでいます。

その苦しみをやわらげようと努力しても、

全然うまくいきません。

完全に運に見放されてる。

“死んだ方がましだ”

と嘆くおふくろを見ながら、

なすすべもないありさまです。

以前のように、

おふくろを喜ばせることなんて、

今の状態ではとうてい無理です。

愛する者が苦しむのを見ながら、

ひとり苦闘する日々。

誰も助けちゃくれない。

生きがいは、

かつてオートバイに乗ってた頃の、

思い出にひたることだけ。

過去にしがみつき、

現在も未来もない生活。

それでも、

たとえどんな状態であれ、

おふくろが生きていてくれさえすれば、

ありがたいと思っています。

しかし、歳も歳だし・・・


もし、おふくろに死なれたら、

僕はひとりぼっちになってしまいます。

夢を実現し、

ライダーとして復活を果たしても、

昔のように、

あちらこちらにツーリングに出かけたとしても、

帰りを待っていてくれる人はいないんです。


かつて、僕がツーリングから帰ってくると、

おふくろは必ず家から出て来て、

車庫までやって来たものでした。

当時の僕はその理由がわからず、

“なんのためにわざわざ出て来るんだ”

と、いぶかしく思ったものでした。

ところが、最近になって、

“心配していたからだ”

ということがわかったのでした。

エンジンの音が聞こえて、

僕が帰ってきたことがわかっても、

実際に姿を見るまでは安心できなかったんでしょう。

おふくろは、

僕がオートバイに乗ることについて、

一言も言ったことがなかったので、

心配してるなんて夢にも思いませんでした。

今から考えると、

親不孝してたんだなと思います。

また、その罪滅ぼしのためにも、

親孝行しなきゃとも。


それにしても、

ツーリングから帰ってきて、

待っていてくれる人もなく、

ただ、空っぽの家が迎えてくれるだけなら。

そんなとこに帰ったってしょうがないよな。

こんなんじゃ、

帰るところがないのと同じだ。


旅が楽しいのは、

帰るところがあり、

待っていてくれる人がいるからこそだと思います。

帰るところもないんじゃ旅とは言えません。

そんなの単なる流浪です。

だから、

おふくろがいなくなったら、

僕はもう旅はできません。

旅人が旅人ではなくなるんです。

これじゃあ、

生きてる甲斐がないというもの。


それにしても、

あの時、

どうして助けられたんだろう?

どうせ一度は死ななきゃならないんなら、

人生の絶頂期にそれを迎えた方が、

ずっと幸せだろうに。

彼女に反論するのを、

運命の神にじゃまされさえしなかったら、

僕はすでに生きていなかったはずだ。


こんなこと言うのは、

不謹慎かもしれない。

でも、今の僕をとりまく現実を考えると、

こうも言いたくなる。


神よ、なぜ僕を助けたんだ!



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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
私の様な状況を体験しない人間が、こういうのは気を悪くするかもしれませんが…もし旅人さんが、バイクの事故で亡くなっていたら…今お母さんは一人ですよね…お母さんは旅人さんに感謝し辛く苦しい状態ダケで無く、旅人さんに申し訳なく思うから、しんだほうがまし…って…本当私が…すみません。生意気で…どうか、負の思いにパワーを与えないで下さい。頑張って欲しいです。旅人さんは私の最初のフレンドで同志だから。
アレックス
2008/01/30 07:24
 アレックスさん、ありがとうございます。今、おふくろは下の部屋で、うずくまって痛みに耐えてます。原因は不明で、毎日こういう状態が続いています。大学病院の救急外来に行っても、冷たい態度で、何もしてくれません。痛み止めも効きません。
 僕は、何も見えなくなっていました。バイク事故の件は、アレックスさんのおっしゃる通り、おふくろが一番悲しむと思います。最大の親不孝です。
 コメントをいただいて、少し勇気が湧いてきました。僕たちのことを気遣ってくださる、アレックスさんの魂のパワーが、きっと僕たちの苦しみを軽くしてくれると思います。
(追伸)
 人間の真価は、苦難の時にこそ発揮されると言います。ブログで、自分を取り巻く現状や、今の心境を、包み隠さず吐露しましたが、しかし、どんなことがあっても、僕のライダー魂は希望を捨てません。
 “明けない夜はない。”
 僕の魂は、過去世でも、現世でも、来世でも、永遠に「夢と冒険とロマン」です。
旅人
2008/01/30 10:53
何もしてあげれませんが、私のブログ、コメントで少しでも力になれるのなら。。。私は書き続けます「ここにしか咲かない花」ってコブクロの曲が有りますが「雨上がりの道はぬかるむけれども、今ここに生きている証を刻むよ…」
って歌詞が有ります。私はうつ病の時のこのフレーズが力に成りました。悪い事の反面そこには生きてきた、軌道が残る…私は自殺も何回も考え未遂に終わりましたが、今ここに生きています。その辛ささえ今は私の生きて来た軌道
です。私は旅人さんを永遠のライダーと認めております。ライディング、マイ、ライフ!
乗りきれない道など無い!だって私達は「ライダー」ですよね(*^^)v
アレックス
2008/01/31 10:23
 アレックスさん、ありがとうございます。アレックスさんには、昔の楽しい話だけ聞いていただきたい、という思いもあります。誰だって暗い話は聞きたくないでしょうから。だけど、僕としては、今の自分の真実を、語らないわけにはいかないのです。その結果、アレックスさんにご心配をおかけしていることを、心苦しく思っています。
 しかし、辛い心情を聞いてくれる方がいる、と思うだけで、僕としてはどれだけ気持ちが楽になるかしれません。ひとりじゃないと感じるだけで、生きる勇気が湧いてきます。それゆえ、優しい言葉をかけてくださるアレックスさんには、言葉で表せないくらい感謝しています。
 いい時だけではなく、相手がピンチの時に手をさしのべてくれるのが、真の友だといいますが、その意味でアレックスさんは僕にとって唯一の友です。たくさんの辛い経験をされているアレックスさんだからこそ、僕を見捨てないでいてくださるのだと思っています。
 無機質なブログが多い中、アレックスさんのブログは、数少ない“心のある”ブログです。これからも、楽しみにしています。
 最後に、僕たちは“永遠のライダー”です。
旅人
2008/01/31 13:06
初めまして。アレックスさんつながりでやってきました。よろしくお願いします。

私も昔は皮ツナギを着て峠によく行っていました。20歳くらいの頃ですね。週末になるとたくさんのライダーでにぎわったものです。

幸か不幸か、私はその峠での死亡事故というものは聞いたことがありませんでしたが、たしかに何度か危ない目にあったこともあるし、見たこともあります。

旅人さんが彼女に話した内容だと、ルールを無視して走って自分の不注意で対向車に突っ込んで亡くなるのだから、やはりこれは自己責任です。たしかにぶつかられた相手が迷惑ですね。

長文にてつづく・・・
けいつ〜
2008/02/02 13:12
バイクの楽しみ方は人それぞれです。オンロード、オフロード、アメリカン、レーサーレプリカ、スクーター。どれも否定しません。

ただ、やはり人に迷惑をかけない走り方で楽しむべきでしょう。私も迷惑をかけてないか?と聞かれると、うなだれてしまいますが・・・・

彼女が言いたかったこともそういうことではないでしょうか。しかし、走り屋をやめてしまうほどの影響を与えてしまうとは、旅人さんがその女性に惹かれたせいでしょうか。

実は、昨年の8月に友人を亡くしました。タンデムの奥さんと二人でバイクで東北へ旅行に行っていたそうです。その高速走行中に車と接触して亡くなりました。

とてもショックでした。今でもバイクに乗るたびに彼が事故を起こした瞬間を想像してしまいます。が、彼の分まで走るのが私の義務と考え、乗り続けています。

お互いに事故には気をつけて、また他人を信用しないで走りましょう。(周りの車はこちらを認識してないことが多いですから)バイクの楽しさは乗った人にしかわからないですよ。
けいつ〜
2008/02/02 13:13
 けいつ〜さん、コメントありがとうございます。おっしゃること、ごもっともです。
 僕が彼女の言葉で、どうして走り屋をやめるまでにいたったのか、不思議に思われるかもしれません。それは、こういうことなのです。
 かつて彼女は、女ながらにバリバリの走り屋だったそうです。ある時、ひとりの男性ライダーとバトルをして、その最中に、相手の男性が事故を起こして亡くなってしまったのだそうです。おそらく相手のライダーは、“女には負けたくない”と、無理をしたのでしょう。それ以来、彼女は走り屋が大嫌いになったのだそうです。
 このように彼女は、どこの誰ともわからぬ僕のような者のために、自らの心の傷をさらけだしてまで、命を守ってくれようとしたのです。
旅人
2008/02/02 14:23
 それは、そのあとの彼女の態度でわかりました。彼女は、サーキット走行に誘ってくれたり、遊園地にある簡易サーキットのようなものの存在を教えてくれたりと、僕が峠を走らなくてもよいように、いろいろ気を使ってくれました。簡易サーキットに興味を示した僕が、どのくらいのスピードで走れるのか聞いたところ、直線の最高速で60qくらいとの返事でした。僕はがっかりして、ヘナヘナとなってしまいました。ところが、それを見た彼女は、飛び上がるようにして叫んだのです。“だから、死なないのよ!!”その瞬間、僕は雷に打たれたようなものすごい衝撃を受けました。本当に目から火が出たという表現がピッタリな状態でした。
旅人
2008/02/02 14:41
 その言葉に胸を打たれた僕は、それ以後、男と女というより、むしろ、お説教する母親と叱られる子供のような関係になって、彼女の言うことをすなおに聞くようになりました。

 彼女がしばらく姿を消したと思うと、お菓子の箱をもって、再び姿を現しました。そして、何も言わず、僕にそのお菓子を一つくれたのです。それは、レモン菓子で、口にすると口の中いっぱいにレモンの香りが広がりました。
 そうして、しばらくの間、二人でバイクショップの前のガードレールに並んで腰掛けたまま、言葉を交わしていました。
 その時です。突然、僕の心に“これは、神様が走り屋をやめろと言ってるのかな”という思いが浮かんできたのは。
 僕は、走り屋をやめる決心をしました。そして、その思いを忘れないように、それから1年間、その時もらったのと同じお菓子を、毎日食べ続けました。そうして、やっと、“一生やめられない”と思っていた走り屋を、やめることができたのです。
 これが、僕が走り屋をやめるにいたった顛末です。ドラマのような話ですが、すべて事実なんです。
旅人
2008/02/02 15:12
納得!
GSX-R1100(私と同じじゃん?)に乗っている彼女・・・というところで、もうタダ者ではないですけど、走り屋でバトルしてて、相手の男性が亡くなった・・・というのはちょっと衝撃ですね。彼女がそう思うのは当然です。

ほんとにドラマのような貴重な話をありがとうございました。最後のオチが「その彼女が今の奥さんです」ってくるのかなぁ・・と思いました。(笑)

けいつ〜
2008/02/03 10:18

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