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zoom RSS 愛車物語

<<   作成日時 : 2008/01/05 00:25   >>

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 17年間、僕を楽しませてくれた歴代の愛車たち。これら5台のオートバイに感謝。

ホンダCBX250RS

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 “オートバイで湘南の海に行きたい”という、ミーハーな夢をかなえてくれた、僕の最初のオートバイ。空冷単気筒でエンジンのかかりが悪く、なんども苦労させられた。しかしその一方で、往復1000キロにも及ぶ、京都までのロングツーリングも難なくこなしてくれた。扱いに慣れない初心者を乗せ、その小さな身体でよく走った。愛すべきヤツだ。

 オートバイの多様な世界については何も知らず、ただ毎週のように、大好きな海に出かけていたあの頃。コンビニで買ったおにぎりをほおばりながら、一日中海をながめているだけで、満足していたあの頃。若かったな。そして、ピュアだった。


スズキGF250

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 単気筒エンジンに懲(こ)りた僕は、あこがれの4気筒のオートバイを買った。このGFは、水冷並列4気筒(8バルブ)で、低く、うなるようなエンジン音が魅力だった。前車では、もっぱら湘南の海に通っていたが、このオートバイで初めて、箱根や湯河原、真鶴など山地を含む西湘地方を走った。
 中でも特に印象に残っているのは、この地域で、生まれて初めてみかんが実っているのを見たこと。真鶴道路(旧道)には、僕のお気に入りのスポットがあって、僕はいつもそこで休憩していた。そこは、丘の中腹で、上を見てもみかん畑、下を見てもみかん畑。遙か下には広々とした海原がひろがっていた。海には、船尾に真っ白な帆を張った白い漁船が浮かんでいた。また、海沿いを、真鶴道路(新道・有料道路)が走っていて、行き交う車が、かすかに、豆粒のように見えた。
 もともと南欧に強い憧れをもっていた僕は、たわわに実ったみかん(真冬によく走った)をオレンジに見なして、自分をイタリアのオレンジの園にいると思い込ませていた。冬でも温暖なこの地は、僕に冬期にツーリングを楽しむという、ぜいたくな体験をさせてくれた。
 ちなみに、この真鶴道路(旧道)は、僕の峠道初体験の場所でもある。


ヤマハFZR250

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 僕が初めて購入した、カウル付オートバイ。高回転エンジン(回転計に3千回転未満がなかった)で、バッテリーが上がりやすかった。高速道路走行直後に、バッテリー上がりを起こしたことも。アクセルのレスポンスも悪かった。僕のは’88年式だったが、この年式のものは、同車種の中でも他とくらべて、あまり評判がよくなかった。おまけに最後は、事故で全損廃車の運命に。
 しかし、乗っていた期間と距離数で換算すると、一番たくさん乗ったのがこのオートバイだ。何より、初めて大垂水峠を走り、走り屋になったのも、こいつに乗っている時だった。そして、走り屋として大垂水峠を走っているうちに、僕は自然のすばらしさに目覚めたのだ。
 いろいろあったが、僕のライダー人生の中では、こいつと過ごした時間が最も濃密だった。


ホンダNSR250R

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 言わずとしれたレーサーレプリカの王様。2ストローク・水冷式V型2気筒エンジン(確か)。その車体のすみからすみまで、サーキット仕様のレーシーな味付けがなされている。とはいえ、僕が乗っていた’90になると、ツーリング等一般ユーザーのニーズにも、十分対応したものになっていた。しかし、やはりレプリカはレプリカ。ライポジはかなりきつい。当初は、走っていると、頭から直前の路面に突っ込んでいくような感覚があった。普通のオートバイだと、長時間乗るとおしりが痛くなるのだが、こいつは手首が痛くなる。
 すばらしいのは、特定の領域に集中するトルク。こいつをうまく活用すれば、コーナリングの達人になれる。だが一方で、その強すぎるトルクのため、スタート時にあまりスロットルを開け過ぎると、ウイリー状態になってしまうという欠点もあった。
 このオートバイで大垂水峠を走りまくった。この頃が、僕の走り屋としての絶頂期だった。だが、たまたま出会った、名も知らぬ若い女性ライダーに強くたしなめられ、走り屋をやめることに。その後、サーキット走行を目指すも挫折。結局、ツーリングライダーに戻ることとなり、2年あまりしか乗らずに、このオートバイを降りてしまった。 


カワサキZZR250

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 水冷式並列2気筒のエンジン。ちょっと変わっているが、エンジン始動の時、ドンドンドンドンという迫力ある、太鼓のような音を奏でてくれる。こいつとは長いつきあいとなった。オートバイを降りるまでの8年間、こいつの世話になった。
 どこそこまで行きたいとか、峠で速く走りたいとか、サーキットを走りたいとか、そうした初心者にありがちな気負いを脱して、自然体でオートバイに乗れるようになった時、こいつと出会った。くせがなく、故障の少ない、非常に安定感のある乗りやすいオートバイだった。ある意味、女の子向きとも言えたが、ツアラーとしては最適だった。
 赤、ピンク系のその車体。僕もそれに合わせて、ピンクのジャンパーを着て、真っ赤なバンダナを首に巻いていた。年齢も性別も超越した気分だった。
 こいつに乗って、僕はライディングそのものを楽しんだ。

            *        *        *

 彼らとともに僕も年を重ねていった。顧みると、彼らとの17年間は、僕のすべてとは言わないまでも、僕の人生の一番大切な部分だった。“旅人”としての僕の、本質的な部分がかたちづくられた期間だったからだ。
 彼らから、どれだけの喜び、どれだけの希望を与えられたろうか。彼らとともに、どれだけ美しいものを見、どれだけ愛すべきものに出会ったか。この地球上の誰も、僕たちのことを知らなくても、世界から忘れ去られても、僕たちが最良のパートナーだったという真実は、永遠に失われることはない。



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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
旅人さんオートバイは、相棒ですよね(*^^)v
色々な景色を感じ、風を感じ、体の一部となる乗り物がオートバイの他 私には思いつきません^^;「今まさに馬にならんとする…」跨った瞬間にそれは血の通った生き物に変貌するんです(^^)v何時かまたリターンお待ちしています(^^)
心からそう思います(^^) 
アレックス
2008/01/05 02:01
 四輪自動車の場合は、人が乗ってない写真でもかまわない。いやむしろ、人が乗っていたらじゃまです。しかし、オートバイの場合は、人が跨っているか、そばにいないと、さまにならない。つっかえ棒して立ってる感じになっちゃう。人が乗らないと、走らないと、オートバイは倒れてしまう・・・。まさに、人と一体になってこそ、存在できる乗り物。それゆえ、機械としてではなく、生き物として心をかよわすことができるのです。そして、そこに友情も生まれる。
 生きている限り、リターンの夢はもちつづけます。
旅人
2008/01/05 11:13
車体と一体感を感じることができるのですね。相棒という言葉がよく似合います^^♪
湖のほとりから・・・
2008/01/05 21:00
 湖さん、コメントありがとうございます。人間にとって相棒、パートナーは大切です。ある人にとってそれはバイクであり、ある人にとっては、夫あるいは妻です。人によってさまざま。今の僕には、相棒も支えてくれる人もいませんが、残りの人生をかけて、それをさがしていきたいと思います。
旅人
2008/01/06 00:29
初めまして、僕も依然バイクツーリング、バイクの魅力へ出会った1人でした。バイクで風を感じ走った事、人との出会い、バイクとの思いで今は、訳有りバイク乗って居ませんが旅人さんのブログ読みあの頃の自分を、思い出しました。
えめさん
2008/01/16 21:51
 えめさん、コメントありがとうございます。今はバイクに乗っておられないとのこと、とても親近感を覚えました。僕の場合は、高齢の親の介護ということで、いつ復活できるかわかりません。でも、どんなことがあってもリターンの夢はもち続けるつもりです。というか、自分では、今でもライダーのつもりでいるんです。肉体では無理だけど、魂は、“バイク乗り”です。
 ま、こんなふうに大風呂敷を広げて夢を熱く語ったりしますが、実際は、日々めげたり落ち込んだりの連続です。こんな僕ですが、よろしくお願いします。
旅人
2008/01/17 00:31

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