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僕は、ブログ「母を“老人捨て場”には行かせたくない!」で、その病院(以後K病院と呼びます)に行けば、“母がショックを受ける”とか、“さびしい思いをする”とか、いろいろ書きました。しかし、現実はそんな甘っちょろいものではありませんでした。そこには、母の命にかかわる問題が隠されていたのです。 かわいそうなお母さん。とことん運の悪いお母さん。 母は、某大学病院に入院しているのですが、病状は次のようなものです。 1.病状 重傷の肝硬変による慢性肝不全 肝性脳症 慢性腎不全 膠原病(関節リューマチ他) 原因不明の高熱(常時、感染症の疑いあり) 昏睡(たまに起こる) 血圧急低下(原因不明でたまに起こる、上が70くらいまで低下する) 不整脈(原因不明でたまに起こる):徐脈、頻脈、心房細動、期外収縮(常時) 嚥下困難 その他 2.治療 アミノ酸輸液の静注(肩の静脈から、ポート埋め込みの予定) 利尿剤の静注 尿量を細かくチェックしながら、利尿剤の量を調節する作業 アミノレバン服用 下剤の服用 ステロイド剤(8ミリ)の服用 その他 以上のような状態で、病状は不安定(急性期)であり、担当医も現在行っている高度な医療を受けなければ、母の命はもたないと言っています。 しかし、現在の医療制度では転院しなければなりません。 母は高齢ですが、意識ははっきりしており、人との会話も通常どおりできます。認知症もありません。 現在の治療を行っている限りは、呼吸器の機能、循環器の機能ともにとても良好な状態で、まったく問題ありません。 ただ、肝性脳症の影響(振戦等)で、食事等に介助が必要です。 僕が今困っているのは、母の生命を維持するために必要な、同等レベルの治療を行える転院先の病院が見つからないということです。 病院のソーシャルワーカーも努力はしてくれているのですが、今まで打診した病院に断られた状況から推察すると、この先も転院先が見つかる可能性はなさそうです。 担当医も同等レベルの医療を行える病院を見つけるのは、ほとんど不可能に近いと言っていました。 しかし、母にはそのような医療が必要であり、それがなければ死んでしまうのです! 僕が考えるに、転院先候補の病院が二の足を踏むのには、主に二つの理由があると思われます。 一つは、病状が非常にむずかしく、医療の技術面の問題で転院先候補の病院が受け入れを尻込みしてしまうということ。すなわち、転院先候補の病院の医師も治療に自信がもてないのです。 二つ目は、もし転院先候補の病院が母を受け入れたとして、再び転院させる際、転院先探しに同様の困難が予想されるということです。 このような事情で、転院先さがしに著しい困難が予想されるため、担当医は自分とつながりがあって、どんな患者の受け入れも絶対拒まない、K病院への転院を強く(こちらが断ると激怒した)薦めたのだと思います。 *K病院については、僕のブログ「母を“老人捨て場”には行かせたくない!」を参照。 関連するブログ、「母を“老人捨て場”には行かせたくない!」を読む しかし、僕も実際にK病院に行ってきたのですが、 この病院で、現在母が受けているような高度な医療を受けるのは絶対に無理です! まともな医師だったら、受け入れをためらうようなむずかしい患者を、簡単に受け入れるその病院には、どこかうさん臭ささえ感じてしまいます。 また、その病院への転院を強引と言っていいくらい強く薦める担当医には、“母を殺すつもりか?”という疑いをもってしまいます。 その担当医と一緒に、チームを組んで母の治療に当たっている別の医師は、「同等レベルの治療のできる病院を見つけるのは、ほとんど不可能に近い。かといって、それができない病院を紹介すれば、“患者を殺すつもりか?”と言われてしまう」と、苦しい胸の内を明かしました。 そのこと及びその他もろもろのことを勘案して総合的に判断すると、 前記の担当医に対する疑念は、“本当に母を殺すつもりだったのだ!”という確信に変わりました。 今、僕はよい転院先をさがすために日夜奔走しています。 担当医は、その後もう一つの病院を紹介してきました。 しかし、その病院は自宅から片道1時間半もかかる遠方にあり、入院費が、なんと年に1千万円もかかるのです! そんなの無理に決まってます。 今回、様々な経験から、現在の日本の医療制度や、患者に対する考え方、ひいては人間の命に対する考え方が、わかってきたような気がしました。 また、医療機関という組織の裏側、そこで働く医師たちの思惑なども透けて見えてきました。 しかし、僕としては国の事情がどうであれ、医療機関の利害がどうであれ、 母には1日でも長生きして欲しいです。 願いはそれだけです。 組織や、関係者のかってな思惑で、 “愛する母を殺されてたまるか!” “僕は命をかけて母を守るぞ!” このブログをご覧のみなさんは、 僕とその母親が、どれだけの窮地に立たされているかおわかりになると思います。 母の苦しむ様子を見なければならないつらさ。 冷酷な医療制度の現実に直面したとまどい。 “母が医師によって殺されるのではないか”、という恐怖感。 そんなもろもろの思いに苦しみながら、 僕は毎日、慣れない看病や家事と格闘しているのです。 たった一人でです。 共感してくれる人も、 励ましてくれる人も、 助けてくれる人もいません。 それどころか、今の僕には、 すべての人間が、 世の中全部が、 敵に思えるのです。 *ネットを通じて応援してくださる方々には、心から感謝しています。 正直もうくたくたです。 心も身体もボロボロです。 どうして立っていられるのか、 なんでものが食べられるのか、 不思議なくらいです。 昨年の12月下旬から、ひたすら悪くなる一方のわが家の状況。 僕には、自分がいつまでもちこたえられるのか、 わかりません。 焦燥感、孤独感、寂寥感。 これまでの人生において、 自らが抱いてきた希望や、 なしてきた努力が、 すべてみな、無意味なものだったのではないかという思い。 今は、 ただひたすら、 さびしい・・・ |
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hanaは世間一般じゃ老人捨て場と言われるような環境で働いてます。家に帰る為の施設と言われながらも、結局は帰れないまま時間がすぎよその施設や病院にいかれるお年寄りがほとんどです。家に帰ろうと頑張ってるお年寄りが、帰れないことを知ってしまうのは職員が先。すごく、寂しくなります。やりきれなくなる時だってしょっちゅうです。旅人さんみたいに、一生懸命考えてくれるご家族様ばかりじゃないのも現実。治らない病気を抱えて『穏やかにすごしていただくための時間』を求めてこられる方だっています。放置と穏やかな時間は別だとhanaは思ってます。施設と病院は違うって言われるのだってわかってます。なんだか、何が言いたいのかわからなくなってますが、旅人さんのお母様と旅人さんに24時間のうちのわずかでも穏やかさを感じられる時間が合ってほしいと思います。不信感を持ってしまわれるのもわかります。つらい治療、苦しい治療の毎日から大好きな人と暖かさを感じられる時間を見つけてあげてくださいね。旅人さんがそれだけお母様の事を思っておられるなら、きっとできますよ。生意気なことばっかり言って、ごめんなさい。 |
hana 2008/07/06 06:23 |
hanaさん、コメントありがとうございます。 |
旅人 2008/07/06 18:56 |
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