夢と冒険とロマン

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zoom RSS 情熱!・・・生と死と・・・(S)

<<   作成日時 : 2008/09/03 15:56   >>

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 いのち短し 恋せよ乙女・・・みなさん、人生を楽しんでください!


        いのち短し 恋せよ乙女

        朱(あか)き唇(くちびる) 褪(あ)せぬ間に

        熱き血潮の 冷えぬ間に

        明日(あす)の月日は ないものを

           作詩 吉井 勇、作曲 中山晋平 (大正4年)

        ゴンドラの唄のメロディーを聴く

 大正ロマンの時代に一世を風靡した、「ゴンドラの唄」の歌詞の一部です。

 この唄は、その後昭和に入っても、映画などの挿入歌に使われたりして、久しく民衆に親しまれてきました。

 僕もこの唄が好きです。

 当初は、松井須磨子が、のちに森繁久弥が歌って、

 現在にいたるまで根強い人気を保っています。

 松井須磨子は、愛人島村抱月が病死したのち、

 まるで、この唄の歌詞を地でいくように、

 壮絶なあと追い自殺をとげてしまいました。


 1886年、長野県に生まれた須磨子は、幼くして養女に出されました。

 しかし、養父が亡くなったため、実家に戻ってきたのですが、

 同じ年に、こんどは実父が亡くなってしまったのです。

 その時、彼女はまだ17才だったそうです。

 彼女は、その後東京に出て、二度の結婚と離婚を繰り返しました。

 二度目の結婚を機に、彼女は舞台女優の道を歩み始めました。

 そして、離婚後、島村抱月とともに芸術座を旗揚げしました。

 その舞台で演じた、トルストイの「復活」のカチューシャ役が大当たりして、彼女は一躍人気女優となりました。

 一方、ともに芸術座を旗揚げした島村抱月とは、愛人関係になっていきました。

 しかし、抱月はおりしも流行していたスペイン風邪に倒れ、帰らぬ人となってしまったのです。

 悲嘆にくれた彼女は、そのちょうど2ヵ月後の1919年1月5日、芸術座の道具部屋であと追い自殺をとげました。

 須磨子32才の時のことでした。


 僕は思うのですが、彼女は父性に飢えていたのではないでしょうか?

 若い頃に、養父、実父に世を去られ、

 結婚にも二度失敗して、

 最後は愛人を頼りとするようになる。

 しかし、その愛人にも先立たれた時、

 彼女は、それまで懸命に続けてきた、

 “父性をさがし求める旅”に絶望してしまう。

 彼女の情熱、すなわち父性への永遠の憧れは、

 ここで完全に断ち切られてしまったのです。

 そして、情熱を燃やしつくしてしまった彼女は、

 自ら死を選ぶしかなかったのです。

 彼女の場合、情熱が死をもたらしたといえます。

            *        *        *

 僕の母は高齢でしたが、いわゆる“おばあちゃん”ではありませんでした。

 瞳に星をちりばめたような大きな目。

 まったくすれたところのない、純真でピュアな性格。


 母は病床で、

 時々こんなことを言っていました。

 「小さな子の可愛い声が聞きたい。そんな可愛い声で、“お母さん”と呼んで欲しい」。

 これは、世間一般のおばあちゃんが、幼い子供を好むというのとは違うのです。

 これは母の、

 あくまでも、

 “純粋なもの、美しいものを好むという気持ち”から生まれ出た言葉なのです。

 こんなことからも、

 母のピュアな性格がうかがいしれると思います。


 母の心は、いくつになっても純潔な乙女のままだったのです。


 そんな母が病院で、苦しい闘病生活を送っている時のことです。

 ある日、僕がベッドのわきで母の看病をしている最中、

 突然、この「ゴンドラの唄」が頭に浮かんできたのです。

 もう何ヵ月も、ベッドから離れられないでいる母の顔を見ながら、

 僕は心の中で、この唄を歌っていたのです。

     ♪〜いのち短し 恋せよ乙女

        朱(あか)き唇(くちびる) 褪(あ)せぬ間に

        熱き血潮の 冷えぬ間に

        明日(あす)の月日は ないものを〜♪

 歌いながら、僕の心は、

 せつなさでいっぱいになっていました。

 この時、母の命は、

 唄の歌詞にも、“明日(あす)の月日はないものを”とあるように、

 本当に、あすをも知れない状態だったのです。


 当時僕は、

 なぜ、母にこの唄なのか、

 なぜ、こんなにせつない気持ちになるのか、

 理解できませんでした。


 僕は母が亡くなって(2008年8月3日他界)からも、

 このことについて、

 おりにふれて、考えてきました。

 そして、今、このブログを書いている今、

 やっと、わかったような気がしてきたのです。


 母は禁欲的な人でした。

 家族を含め、

 周囲の人間たちのわがままのために、

 自分の気持ちを抑えつけ、

 常に自分自身を犠牲にしてきました。

 また、母の人生は、

 さまざまな状況から、

 そのようにせざるをえないような、

 人生だったともいえるのです。


 僕は、

 自らを犠牲にし、

 つめくそほども恩を感じない者たちに、

 無償の愛をそそいできた、

 母の報われない人生を思う時、

 痛ましく、

 哀れに思う気持ちで、

 胸がいっぱいになります。


 純潔な心、自己犠牲、無償の愛・・・。


 しかし、

 僕は、

 母の、そんなきれいすぎる言葉で彩られた人生を、

 そんなみじめすぎる人生を、

 受入れることはできませんでした。

 僕は母の人生を、

 変えてあげたかったんです。

 母には、もっと、

 自らの欲望に忠実に、

 自由奔放に生きて欲しかったんです。

 なぜなら、母の人生が、

 そんなふうに、僕たちの犠牲になることだけで終わってしまったのなら、

 僕たちは母に、

 はかりしれないほど大きな借りをつくったまま、

 あとに残されてしまったことになるからです。

 これでは僕は、

 母に対して、

 永遠に負い目を感じながら生きていかなければなりません。

 それでは、つらすぎます。


 だからこそ僕は、

 病床の母の枕元で、

 この唄を、

 “すべてをなげうって、自らの恋のために生きる”という、

 自己抑制の対極にある、この唄を、

 歌ったのです。

 声には出さずに歌ったのです。

     ♪〜いのち短し 恋せよ乙女

        朱(あか)き唇(くちびる) 褪(あ)せぬ間に

        熱き血潮の 冷えぬ間に

        明日(あす)の月日は ないものを〜♪

 “お母さん、今からでも遅くないから、自分の好きなように生きて!”

 “僕たちのことなんかかまわないから、何でもやって!”

 “お母さん!お願いだから自分のために生きて!”

 そんな思いをこめて。

            *        *        *

 僕がまだ20代前半の新入社員だったころ、

 会社の同僚の一人に60才くらいの男性がいました。

 その彼の言葉で、とても印象に残っているものがあります。

 彼は、今何が一番したいか、ということについて、

 次のように言ったのです。

 “燃えるような恋がしたい。”

 僕は感動してしまいました。

 その当時の僕にとって、

 60才くらいの男性といえば、

 完全に、おじいちゃん、だったからです。

 そんな年齢になっても、そのような情熱を持ち続けられるとは・・・。

 しかも、その方は普段あまり口をきかないような、

 とてももの静かで、おとなしい方だったのです。

 僕は、驚きをかくせませんでした。

 そして、同時に彼に尊敬の念を抱いてしまいました。

 人間の可能性というのは、本人の気持ちしだいで、無限に広がるものなんだと思いました。

 この人の場合は、情熱が生きる原動力になっているようです。

            *        *        *

 さて、旅人は自称情熱的な性格の持ち主です。

 読書にも、オートバイにも、情熱をもって取り組んできました。

 ただ、意気込みだけはすごいのですが、

 なにか目に見えるような結果を残せたか、

 少しでも実績を上げられたかということになると、

 そんなものは、皆無です。

 なにをやるにしても、

 “気持ちだけ”になってしまうことが多いのです。

 ブログ「夢と冒険とロマン」にしてもそうです。

 内容を見ればおわかりのとおり、

 たいしたもんじゃありません。

 それでも僕は、

 やはり、情熱を生きるうえでの糧としているのです。

 これまで、

 夢を抱き、ロマンを求めて生きてきたのです。

 そして、それで十分幸せだったのです。


 あきらかに、寿命が近づきつつあった母に、

 一日でも長生きして欲しいと願ったのは、

 僕が情熱的な人間だったからです。

 命の炎と、情熱の炎は同じもので、

 人間は最後まで、その命と情熱を、

 完全なかたちで、燃焼しつくさなければならないと思ったからです。

 不自然なかたちで、炎が消されてしまうことは、

 不正なことだと思ったからです。


 話は変わりますが、

 情熱をもって生きてきた人間が、

 その情熱の炎を燃やしつくしてしまったら、

 その人間は、いったいどうなるのでしょうか?


 一般的には、現実的に堅実に生きてきた人間にくらべて、

 夢や、ロマンを追い求めてきた人間の末路は、

 不遇、哀れ、あるいは悲惨などと言われることが多いようです。


 情熱の炎は、

 それがどんどん燃えさかっているうちは、

 その人の生命力を旺盛にさせるのですが、

 それが、いったん燃えつきてしまうと、

 その人の命まで、奪いかねないほどの、

 危険性をはらんでいます。

 俗に、“燃えつき症候群”などと言われるものも、その危険なものの一つです。

 情熱の炎が熱ければ熱いほど、

 勢いがよければよいほど、

 それに反比例するかのように、

 リスクは高まっていきます。

 この危険はおそらく、

 情熱の炎を燃やしている時と、

 それが消えてしまった時の、

 モチベーションなど、

 心のもちようの落差が生み出すものだと、

 僕は考えています。


 また、情熱家が、

 その冒険行為において、

 失敗してしまった時、

 挫折し、頓挫してしまった時、

 そして、そのタイミングで人生の終末が訪れてしまった時、

 その時こそ、悲劇は訪れます。

 夢追い人の悲惨な結末とあいなるのです。


 しかし、それはそれでいいのではないでしょうか?

 なんといっても、夢を追い続けて生きてきた人間は、

 そうでない人間より、

 ずっと幸せな毎日をおくってきたのですから。

 彼は、自分の生きたいように生きてきたし、

 自らの意志で、自らの人生をまっとうしたのですから。

 彼にとって最悪なのは、自分の思うように生きられないこと。

 他人に主導権をにぎられ、

 自由のない人生をおくることなのですから。


 人生の最後において挫折し、

 そのまま、この世を去ることは、

 決して敗北を意味しません。

 大切なのは、“結果”ではなく、

 “経過”だからです。

 いかに生きたか、

 それが問題なのです。

 彼が、自らの人生をまっとうしているなら、

 結果のいかんにかかわらず、

 彼は勝利者なのです。


 さて、情熱の人を自称する、旅人の場合はどうなのでしょうか?

 母という太陽を失って、

 とまどい、恐れ、

 今の僕にとっては、この世のすべてが暗黒です。

 今まで、絶対的な価値をおいてきたものにも、

 すべて関心がなくなってしまいました。

 このままでは、命の炎はどんどん弱まるばかりです。

 かろうじて、燃えているその炎は、

 暗く、不安定で、

 まさに、“燃えつき寸前”といった状態です。

 こんな旅人に、

 再びチャンスはめぐってくるのか?

 フェニックス(不死鳥)のように、甦(よみがえ)ることはできるのか?

 あるいは、“復活”などよりもっとすばらしい、

 新たなる人生の始まりを意味する、“新生”などという奇跡は起こりえるのか?

 それとも・・・


 果たして、旅人の運命やいかに。


 ま、そんなことは、“神のみぞ知る”、

 ですね。


 みなさん、

 みなさんも、

 いろいろ迷っている方もいらっしゃるとは思いますが、

 どうか、

 自らの内なる声に耳を傾けて、

 悔いの残らないよう、

 自分自身を実現していってください。

 そして、なによりも、

 人生を楽しんでください。


 それでは、


 ピース! (^▽^)v               



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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
悲しみを歌にかえて。。。

http://jp.youtube.com/watch?v=TaaFAok8QTI

よろしければまた、
コピペして聞いてみてください。

ゆの
2008/09/04 19:20
 ゆのさん、ありがとう。

 “慕情”いい曲ですね。
 しっとりとしていて、
 心にしみました。
 聴いていて、
 目頭が熱くなりましたが、
 泣くわけにはいきません。
 涙が止まらなくなりそうだし、
 自分が壊れてしまいそう
 だからです。
 これからも、
 時々聴かせてもらいます。
旅人
2008/09/04 22:03
こんばんわ^^
初めて来ました。。
お母様への想い、すごく切なく心に響きました。
命短し恋せよ乙女。。。
昔から知ってるのはこのフレーズだけでしたが
この記事をよんで私ももっと母に素直になれるような気がしました・・・

ありがとうございます、、
alu
2008/09/05 01:00
 aluさん、ようこそ。
 訪問していただいて、とてもうれしいです。

 母親って、男性にとっては永遠の恋人。
 女性にとっては、無二の親友。
 そんな存在ではないでしょうか。

 愛する人を失って1ヵ月、僕はまだ現在の状況を受け入れられないでいます。今はただ、時の流れに身をまかせるのみです。

 aluさんは、お母様がご健在なのですね。うらやましいです。

 人はみな、いずれはこの世を去らなければなりません。しかも、“その時”は突然やってきます。今回のことで、僕はそのことをいやというほど思い知らされました。

 aluさん、お母様とすごされる時間を大切にしてください。
 僕みたいに後悔しないように・・・。
旅人
2008/09/05 01:43
コンニチハ!
ゴンドラの唄・・。ステキな歌詞ですよね。
それにしても、よく古い曲を知っていますね(笑)お母様の影響ですか?
今までのブログを拝見して、旅人さんの「人となり」を、ピュアで、ロマンチストで、心優しい男性であることは容易に想像出来ましたが、今日のブログで、更にもうひとつ「情熱家」でもあることも知り、嬉しく思いました。
情熱。私もこの言葉が好きです。恋に限らず、何かに対して情熱を燃やしている人は、誰であれ、幾つであれ、魅力的に映るからです。
どうか本来のあなたの「情熱」を取り戻して、何かにチャレンジしてみてください。
応援していますよ。
夢見る引きこもり☆
2008/09/05 10:47
 夢見る引きこもり☆さん、こんばんわ。

 ピュアであるのか?ロマンチストなのか?あるいは情熱家か?
 そのへんは僕にもよくわかりません。ただ、そうありたいとは思っています。
 自分について確かにいえることは、“不器用”だってことくらいです。あとは、バカ正直。今風に言う、“空気が読めない”っていう言葉も、僕のためにあるのではないかと思ってしまいます。とにかく、自己保身すること、逃げることが大の苦手です。しかし、これじゃ単なる“とろい男”にすぎませんよね。

 今年はいろんなことがありすぎて、現在、収拾がつかない状態です。
 しかし、考えていてもなにも得るものはなさそうなので、ライダー復活も含めて、いちかばちかで、なんにでもトライしてみようと思っています。
 幸い今の僕には、こわいものってありませんから。

 夢見る☆さんには、いつもご心配ばかりおかけして、申しわけありません。
旅人
2008/09/05 22:12
旅人さん、今日は♪
先日は、ご訪問下さいまして有難うございました。
顔写真の旅人さんは、随分とお若くみえますが、古い昔の歌や松井須磨子さんの人生など語られるなど、よくご存知なので驚いています。
「親の愛とは・・・無償の愛」
与えるだけで、何の見返りも求めないものなのでしょうね.。o○
つんちゃん
2008/09/06 16:12
 つんちゃん、こんばんわ。ご訪問ありがとうございます。

 実際の僕は、写真ほど若くはありません。

 ゴンドラの唄は、母が生まれる前からあった歌ですが、よいものは時代や地域を越えて僕たちに感動を与えてくれます。

 “母の愛”というのは、本当に無償の愛なのだと思います。
 ただ、僕はその愛に報いてあげられなかったのが残念です。母の身体は20年もかけて悪くなっていったのに、その間多くの医療機関にかかったのに、医師たちからは何も言われませんでした。知っていれば、家事でもなんでももっと手助けしてあげられたのに。何も知らされていなかったため、最後は、死に目にも会えませんでした。
 母に対して、してあげるべきことをしてあげられなかったのが、死ぬほど悔しいです!

 つんちゃん、お母様に、僕の分まで親孝行してあげてください。
旅人
2008/09/06 19:17

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