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zoom RSS 昔の画像を見て思う

<<   作成日時 : 2009/01/29 14:19   >>

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 1993年7月11日、ビデオカメラで、自分と愛車を撮った。先日、そのビデオをテレビで再生し、画面をデジカメで撮ってみたところ、不鮮明ではあったが一応写っていた。そこで、この画像をネタにブログを書くことにした。なんせネタに不自由してるもんで。(笑)


 ★1993年7月11日の旅人の画像

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       いざ、グローブはめて・・・。こわいもの知らずだったこの頃。

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        当時の旅人の愛車、1990年式ホンダNSR250R。

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 スクリーンに貼った、手製の、カッティングシートによるピンクの大垂水(おおだるみ)。


 1993年というと、

 当時走り屋をしていた自分が、

 その年の3月に、某バイクショップの前でたまたま出会った、

 見ず知らずの若い女性ライダーから、

 走り屋の行為をきつくたしなめられ、

 走り屋をやめた年だ。

 その後、富士スピードウエイでサーキットライセンスを取得し、

 4月、5月とサーキットに通ったものの、

 すぐに挫折してしまった。

 そのため、しばらくのあいだ、

 峠にも行かず、

 サーキットも走らず、

 レーサーレプリカでのんびりツーリングという、

 ヘンテコなバイクライフを送るようになってしまった。


 最終的には初心に戻り、

 カワサキのZZR250というツアラーのオートバイを買って(結局NSRには、2年間しか乗っていなかった)、

 2001年12月にオートバイをいったん降りるまで、

 ツーリングざんまいの日々を送ることになった。

 走り屋時代は、ツーリングをバカにしていた面があったが、

 いざ復活してみると、

 かつて気づかなかった、

 さまざまな楽しみを発見できて、

 新鮮な喜びに満ちた、

 素晴らしいバイクライフを送ることができた。

 なんといっても当時は、

 まだ、人生に希望をもっていたから。


 希望とは言っても、

 何か具体的な夢や、目標があったわけではなかった。

 ただ、

 “もしかしたら、この先何かいいことがあるかもしれない”、

 “少なくとも、今よりはましになるのではないか”、

 といったような漠然としたものだった。

 それでも、そのような気持ちが心の中にあれば、

 ツーリング先で、

 たとえば、

 “真っ青な空を、真っ白い雲が流れていくのを目にした”というような、

 ほんのささいなことにも感動することができるし、

 幸福を感じることができるのだ。


 ★ZZR250時代の旅人の画像 
   人生バラ色、オートバイもバラ色、ジャケットもバラ色(爆)


画像

        ZZR250と。1994年5月、自宅前にて撮影。

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           清里、美し森にて。1994年5月撮影。

            *        *        *

 話は戻るが、

 走り屋は、一生やめられないと思っていた自分。

 その自分が、

 見ず知らずの女性ライダーの真心に打たれ、

 走り屋をやめた。

 へたくそなくせにそのまま走り屋を続けていたら、

 そう遠くない時期に、

 事故を起こして死んでいたことだろう。

 間違いなく。

 だから、彼女は命の恩人とも言える。


 しかし、その後の人生のことを思うと、

 その頃死んだ方が、

 自分にとって、幸せだったのではないかと思うこともある。

 人間はどうせ一度は死ななければならないのだから、

 どうせ死ぬんなら、

 楽しいことばかり経験して、

 つらいことが起こる前に、

 死んだ方が得だってことも言えるわけだ。


 でも、これは自分の都合だけを考えての結論なのかもしれない。

 周囲のことも考えると、

 そうはいかない場合だってある。


 自分の場合は、

 長い間、母親と二人きりで暮らしてきたという事情がある。


 かつて、自分がオートバイで出かけて帰ってくると、

 母は、必ず家から出てきて、

 車庫にいる自分の所までやってきたものだった。

 最初は、何のために母が、わざわざ車庫までやってくるのかわからなかった。

 しかし、のちになって、

 自分を心配してのことだと知った。

 オートバイのエンジン音が聞こえて、

 自分の息子が、無事に帰ってきたらしいことはわかっても、

 実際に顔を見るまでは、安心できなかったのだろう。

 よっぽど心配していたんだと思う。

 普段、そんなことなどひとことも口にしたことがなかったので、

 心配してるなんて夢にも思っていなかった。

 “親不孝してたんだな”と、

 つくづく思ったものだった。


 そんな母を残して、

 自分が先立ったら、

 母を地獄に突き落とすようなことになるのは、

 目に見えて明らかだ。

 それは、大恩ある母に対する、

 ばちあたりな裏切り行為にほかならない。


 また、走り屋をやめて以後の、

 母との生活は、

 それ以前にもまして、楽しいものだった。


 さらに、何年もたってからの話ではあるが、

 母が歩行困難となり、

 自分が車椅子を押さなければ、

 病院にも行けない状態になってしまった。

 その時、母の手助けができたのは、

 自分にとって大きな喜びであったし、

 母にとって、

 自分は命綱のような存在だった。


 これらのことを考え合わせると、

 自分が今日まで生きのびたのも、

 まんざら無駄なことではなかったのだと思う。

 母のためというだけでなく、

 自分自身にとっても、

 よいことであったのではないかと思う。

 たとえ、そののち、

 母の死という、

 究極の悲しみを味わい、

 また、そのあとに、

 絶望的な一人暮らしが待っていたとしても。


 ★現在(2008年10〜12月)の旅人の画像

画像

 Ninja250Rと。自宅前にて。自宅前という同じ場所で撮影した、以上3枚の自分の写真だが、それぞれの時点での心象風景はまったく異なる。

画像

       旅人よ、おまえは今何を思い、いずこへ行こうというのか。


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時

こんばんは、旅人さん(*´ω`)ノ

この女性の話は過去の記事を拝見して
こんな象徴的な出会いもあるのだと
驚いた記憶があります。

将来の事より「今」を精一杯
生きて行きたいですよね(^^)


よっち
2009/01/29 19:02
 よっちさん、こんばんわ。

 かの女性ライダーとの出会いについては、
 なんか映画の中の世界のようで、
 自分でも信じられないような気持ちです。
 本当に出来過ぎてますよね。
 しかし、それが事実だってところがすごいんです。 
 世の中、珍しいことがあるものですよ。
 まさに、“事実は小説より奇なり”です。

 今は、遠い将来のことを考える余裕がないので、
 おのずから、今現在のことだけで精一杯です。

 今一番欲しいのは、
 よっちさんのような、
 ターミネーターの身体です。(笑)
旅人
2009/01/29 22:57
はじめまして、高速有鉛と申します。

旅人さんのブログを読んで、五年前に亡くなったお袋の事を思い出しちゃいました。
俺のお袋も、俺がバイク出掛けると、帰ってくるまで心配だと口癖のように言っていたのを思い出します。
俺も、峠、サーキットを走り、怪我もしました。輝かしい結果は出せませんでしたが・・・。
当時は、サーキットで死ねれば本望なんて強がりもいってました。
お袋の亡くなった今、バイクに乗る事に反対する人はいませんが、お袋の言葉と、心配そうな顔を心に刻み、安全運転を心掛けて、バイクライフを楽しんでます。
高速有鉛
2009/01/29 23:15
 高速有鉛さん、初めまして。
 ご訪問ありがとうございます。

 そうですか、高速有鉛さんも峠やサーキットを走られたのですか。それに事故も経験されたとか。
 それって、サーキットでの事故なのでしょうか?
 お怪我の程度は?
 実は自分も、峠からの帰りに事故にあったことがあります。その時は左腕骨折、全身打撲の重傷でした。

 自分も、母を亡くしてからは心配かける相手もなくなりましたが、事故ると周囲に迷惑がかかるので極力自重するようにしています。

 高速有鉛さんのコメントから、オイルの焼ける匂いのような熱い思いが伝わってきて、かつての元気だった自分がよみがえってきました。
 お互い楽しいバイクライフを続けられるといいですね。
 ピース!(^^)v
旅人
2009/01/30 00:57
旅人さん、コンニチワ!
旅人さんにも「バラ色の人生」の時期があったと知って、何となく安心しました。
私にはツーリングと走り屋との違いが実感として分かりませんが・・
それにしても、旅人さんの人生観まで変えてしまったというその女性、一体どんな女性なのか、とても興味を惹かれます。
また、旅人さんがバイクで出かけるたびに、お母様が車庫までやって来られたというお話、親というのは、いつどんな時でも子供の安否だけを気遣っているものですから、同じ母親としてよく分かります。
いずれにしても、最後は旅人さんがお母様の命綱になられたのですから、お母様もきっと満足されたことでしょう。
いつの時代も、親とはそういうものです。
とか言っても・・私自身は「親不幸娘」の典型なので、偉そうなことは言えませんが・・(笑)
私も旅人さんを見習って、「ささいなことに感動できる」心だけは忘れないようにしようと思います。
夢見る引きこもり☆
2009/02/01 13:46
 夢見る引きこもり☆さん、こんばんわ。

 たとえ漠然としたものであっても、
 希望さえあれば、
 人間は幸せな気持ちになれるものです。

 彼女を見たのは2回だけですが、
 年は20代の前半くらい、
 ショートヘアで、目のキリッとした、
 少年のようにりりしい顔立ちの人でした。

 夢見る☆さんは母親なので、
 僕の母の気持ちもおわかりになるのですね。
 僕は親にならなかったので、
 親としての気持ちは、
 よくわからないかもしれません。
 しかし、母が僕を心配する気持ちは、
 あとになってからですが、
 痛いほどわかりました。

 夢見る☆さんは、
 ご自分のことを、ずいぶん謙遜されていますが、
 夢見る☆さんが、愛情あふれる方であることは、
 ネット上の交流だけからでも十分わかります。

 自分のところには、
 ささいなことしか訪れてこないので、
 それを喜ぶしかないんです。
 夢見る☆さんは、
 「ささいなこと」なんて言わずに、
 大きな夢に向かって、
 堂々と歩んでいってください。
旅人
2009/02/01 23:27

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