夢と冒険とロマン

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zoom RSS 24年ぶりの紅梅

<<   作成日時 : 2009/02/16 18:06   >>

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 2月11日水曜日。天気予報では最高気温が13°くらいまで上がるはずだったが、例によって何度目かの大幅ダウン(おまけにその大はずれはすべて休日)。結局7°くらいまでしか上がらず、しかたなくまた多摩川沿いを走ることにした。でも、今回はちょっとしたうれしいハプニングが。

 いつもと同じように、

 多摩沿線道路を二子多摩川まで走り、

 多摩堤通りでオートバイ用品の店ナップスへ。

 ナップスでは、

 これまたいつもどおり茶葉2倍の午後の紅茶スペシャルを飲みながら休憩した。

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        オートバイ用品の店ナップスの駐車場で。

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 帰りはいつもは走らない、

 多摩川の土手沿いの小道を走ることに。

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        土手沿いの小道。

 ほとんど車も通らない土手沿いの小道を走り終え、

 やはり多摩川に近い裏道を走っていると、

 不意に右の横道にピンク色の世界が広がった。

 紅梅の梅林だ。

 今を盛りと咲き誇っている。

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 そうか・・・

 いつのまにか、もうそんな季節になったのか。

 昨年から今年にかけて、

 いろいろとあったので、

 季節の移り変わりなどすっかり忘れてしまっていた。


 見た瞬間はびっくりした。

 ほんの少しではあるが、

 気持ちが華やいだ。

 しかし、それもつかのまのことに過ぎなかった。

 すぐにわれにかえった。

 “時間は、人の思いなど関係なく過ぎていくものだな”

 そんな、どこか冷めた気分になっていた。

 おそらく、昨年までの自分だったら、

 もうちょっと違う感慨をもったかもしれない。

 新しき春の、

 夢とか希望とか・・・

            *        *        *

 僕は、ここに梅林があることは以前から知っていた。

 過去何回か、この時期にここを訪れたこともある。

 僕にとってこの梅林は、

 春の到来を告げる目安となっていた。

 気象庁が、靖国神社の敷地内に植えられた、

 特定の桜の木(標準木)の花の具合で、

 東京の桜の開花を決定するように、

 僕は、この梅林の花を見て、

 春の訪れを自覚するのだった。


 僕がこの梅林を、

 このように、あたかも、“春の標準林”とでもいうように見なしていたのにはわけがある。

 それは今から24年前、

 1985年(昭和60年)3月のある出来事にさかのぼる。

 その前年(1984年・昭和59年)、

 僕は父を亡くした。

 それは僕にとって、初めての家族との死別であったので、

 とても悲しくてつらい出来事だった。


 しかし、

 そのことだけでも、自分にとってはかなりきつかったのに、

 その年の試練はそれだけではすまなかった。

 仕事の面でも、非常につらい思いをしなければならなかったのだ。

 その年の4月に人事異動があり、

 僕は新しい仕事をまかされることになった。

 だが、その仕事になじめず、

 つらい日々をおくっていたのだ。

 しかも、不運はそれだけにとどまらなかった。

 それに追いうちをかけるような大きなトラブルが、

 仕事関連で発生してしまったのだ。

 自分のいた会社を巻き込む大きなトラブルが。

 それは、連日のようにマスコミで報道され、

 日本中を騒然とさせるような大事故だった。

 悪いことに、

 その事故は、僕が忌引きをとっていた期間とかさなっていた。

 ただでさえ、忌引き(規定により一週間)で仕事が遅れていたところに、

 この未曾有の大事故が重なって、

 僕の担当業務は、メチャクチャなことになってしまった。

 そのため職場に復帰後は、

 連日、夜遅くまでの残業が続いた。

 身も心もヘトヘトだった。

 実は、その年の9月に二輪免許を取り、

 オートバイも買ってあったのだが、

 冬だったこともあり、

 とてもそんなものに乗るどころではなかった。


 しかし、年が明けると(1985年・昭和60年)、

 ようやく、仕事面でも、プライベートでも落ち着きを取り戻してきた。

 オートバイに乗る余裕もでてきた。


 そして、それは1985年3月3日のことだった。

 僕は、たまたまオートバイで走行中にこの梅林と出会ったのだ。

 もちろん、ここに来るのは初めてだった。


 オートバイに乗っていた僕は、

 大きな通りからわき道に入った。

 そこをしばらく行くと、

 突然、

 なまめかしいような、

 艶っぽいような、

 なんとも言えない、なま暖かい空気に全身を包まれたのだ。

 その空気は、

 甘酸っぱい、濃厚な梅の香りに満ちていた。

 フルフェースのヘルメットをかぶっていても、

 それがはっきりとわかるのだった。

 僕は驚いて周囲を見渡した。

 そして、自分が梅林の中にいることを知った。

 その梅林はすべて紅梅で、

 道の両側はピンク一色に染まっていた。

 その数は百本以上と思われた。

 前年の辛苦から解放され、

 心身ともに、ようやく回復するにいたっていた僕は、

 この時まさに、

 心に春を感じたのだった。

 人生に新たなる光がさし込み、

 幸せに向かって、

 未来への扉が大きく開かれたように感じた。


 その時以来、この梅林は、

 その開花によって僕に春の訪れを告げる、

 標準林のような存在となっていたのだ。

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          1985年当時の旅人。1985年3月30日撮影。

 しかし、そのことは次第に記憶からうすれていき、

 梅林からも次第に足が遠のいていった。

 しまいには数年に一度、

 咲いてるか否かを確認しにくる程度になってしまった。

 そして、ここ数年は脳裏からまったく消え去ってしまっていたのだ。


 ところが、すでに述べたように、

 この日(2009年2月11日)、

 まるで、なにかに導かれるようにしてこの梅林まで来てしまったのだ。

 まったく眼中になかったルートだったのに。

 このように、意図せず、しかも梅が満開の時期に来合わせるというのは、

 1985年3月以来24年ぶりのことだ。

 それに、

 前回(1985年)は、父が亡くなった翌年のことであり、

 今回(2009年)は、母が亡くなった翌年である。

 なにか因縁めいたものを感じてしまう。


 しかしながら、僕をとりまく状況は、

 前回と今回ではまるで違う。

 まず第一に、前回には母の存在があった。


 母はその前年(1984年)、

 僕と同様に大変つらい体験をした。

 重篤な心臓疾患に加えて、

 認知症をも発症した父の看病に、

 母は地獄の苦しみを味わったのだ。

 そんな母も、父が亡くなった翌年(1985年)は、

 つらい看病から解放され、

 見違えるように元気になった。


 一方、僕はというと、

 この年、前年の父の死による心の傷もようやく癒え、

 本格的にオートバイに乗り始めた。

 毎週のように、

 大好きな湘南の海に出かけ、

 東京から500キロも離れた、

 京都までツーリングに行ったりもした。

 まさに、“夢と冒険とロマン”の世界をめいっぱい楽しんだのだ。

 僕にとって1985年は、

 人生最大のラッキーイヤーだったと言っても過言ではない。

 *1985年当時の旅人の様子については、ブログ「1985年!旅人グラフィティー」を参照。
   ブログ「1985年!旅人グラフィティー」を見る

 それに較べて今回は、

 唯一人の同居家族だった、

 その母を失ってしまったのだ。

 最愛の人を。

 僕は、

 ひとりぼっちになってしまった。


 年もとった。

 あれから24年もたっているのだから、

 無理もないが。

 それに、おそらく年をとったこととも関係しているのだろうが、

 現在あまり体調がよくない。

 生前母がしていた草むしりをしたら、

 腰痛になってしまった。

 しかも、その腰痛が慢性化してしまったみたいなのだ。


 さらに今回は、

 最愛の人の無残な死という現実を前にして、

 かつて夢中になり、生きる力のもとともなっていた、

 もろもろに対する熱い思いが、

 いっきょに冷めてしまった。

 それは、

 古典文学をはじめとする、

 芸術、文化、自然科学などへのあくなき探求心や、

 オートバイや旅を通じてもたらされる、

 人生のロマンに対する憧れなどだ。

 これらは、いずれもそれまでの僕自身を、

 幸福な世界へと導いてくれる重要な要素だった。

 だが今は、

 何もかも、どうでもよくなってしまったのだ。

 ただひたすら寂しく、

 何をする気力もなく、

 すべてがむなしいのだ。

            *        *        *

 今回、再びこの梅林を訪れて、

 甘酸っぱい香りに包まれた時、

 おのずから24年前のことが思い出された。

 そして、かすかな希望が胸に芽生えかけた。

 しかし、前述のように今回と前回では条件がまるで違うのだ。


 果たして今回は、

 この2009年は、

 いったいどんな年になるのだろうか?

 前年、あれだけひどいめにあったのだから、

 今年は、よっぽどよいことがなければ、

 僕の心は、バランスをとることができなくなってしまうだろう。

 なにしろ、最愛の母の死という、

 自分が生まれて以来の最大の不幸に見舞われたあとも、

 次々といろいろな不運や災難に見舞われ続けたのだから。

 しかも、その不運たるや並のものではなく、

 それまでの人生で経験したものの中でも、

 最悪の部類に入る、

 超度級の不運ばかりなのだ。

 こんな状態がいつまでも続けば、

 人間もつわけがない。

 バッテリーに例えてみれば、

 どんなバッテリーだって、

 消費するだけでエネルギーを補充しなければ、

 マイナスだけで、プラスになることがぜんぜんなければ、

 そのバッテリーの力は、やがてゼロになってしまうだろう。

 人間だってそれと同じことだ。


 いずれにしても、

 僕は今年が、

 僕の人生における最大のヤマだと思っている。

 今年中に、自分が根本から変われるような、

 なにか特別にラッキーな出来事(奇跡)でも起こらない限り、

 僕はもたないだろう(電池切れになるだろう)。

 今年こそが、僕の人生を決定するカギになる年なのだ。


 タナからぼた餅である。

 ひたすら、タナからぼた餅が落ちてくるのを待つのである。

 まあ、むずかしい話だけどね。(笑)

            *        *        *

 梅林で写真を撮ったのち、

 いつものようにスーパーで買い物をして帰ったのだが、

 そのまま帰るのもなんなので、

 近隣にある柑橘類が見事なお宅に立ち寄ってみた。

 夏ミカンに、キンカンに、ユズ。

 緑濃い葉陰に輝く、

 オレンジ色の果実を見ていると、

 気持ちが明るくなってくる。

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 今日の夕ご飯はこれ。

 しょうが焼き弁当。

 それとリンゴパイ。

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 こんなものも買ってみました。

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 ひし餅。

 ひなまつりも近いので。

 自分、ひし餅ってけっこう好きなんですよね。

 この色がいいんだ。

 緑、白、ピンク。

 この色の意味は、

 若草の緑に、

 その上に積もる、春の雪の白、

 そして、桃の花のピンクだそう。

 なんか春の希望って感じがする。

 それに、このひし餅はゼリーでできてるんだけど、

 ゼリーは母の大好物だったんだ。


  祝、ブログ100作目!自分でお祝い、自分で拍手。(爆)


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
旅人さん、コンニチワ!
今回はステキな梅林の写真、楽しませて頂きました。
それにしても、多摩川沿いの裏道に入ると、こんな梅林があったんですね〜。知りませんでした。
今にもブログの行間から、甘酸っぱい香りが匂ってきそうな、素敵な写真ばかりです。
旅人さんにとっても、24年ぶりの“思い出の場所”ということですが、様々なことが去来して、さぞかし感慨無量だったことと思います。
おっしゃるように、こうして写真を拝見しているだけでも、春とか、夢とか、希望とか・・なんとなく明るい気持ちにさせてくれる風景ですね。
願わくば、2009年が旅人さんにとって、少しでも明日への希望へと繋がる年になりますように・・。

追伸!そうそう、ブログ100作目、おめでとうございます。
これからも、200作目・300作目に向けて頑張って続けてくださいね。楽しみにしています。
夢見る引きこもり☆
2009/02/18 10:32
旅人さまこんにちは。
ブログ100作目、おめでとうございます。
旅人さんは今までいろんな辛い思いをされてきたんですね。
わたしの父も3年前に亡くなりました。
人の死は必ず訪れるものだとは分かっていても、現実にいなくなってしまうのは本当に辛いものです。
いなくなった寂しさと同時に、「もっと○○してあげればよかった」というような後悔の思いも大きかったんです。
旅人さんは、辛い思いをたくさんされてきた分、すごく心の深い方だと思います。
うまく言えないですが、人の痛みも分かる方、相手のことをきちんと考えてあげられる方だと思います。
もっともっと前向きに、楽しいことをいっぱい考えてください。
そうすることで天国のお父さまもお母さまも喜んでくださると思いますよ。
風になれ
URL
2009/02/18 14:17
 夢見る引きこもり☆さん、こんばんわ。

 梅林、美しいでしょ。
 中に入ると、ほんわかとした空気に包まれて、
 なぜか外界と遮断されたような感じになるんです。
 本当に別世界に来たようなんです。

 24年前と較べると、
 面積は半分くらいになってしまいましたが、
 思い出深いところなので、
 このままずっとあり続けて欲しいです。

 僕の夢はさておくとしても、
 夢見る☆さんの夢が実現するように願っています。
 少なくとも、夢見る☆さんが、
 この先もずっとずっと、
 文字通り、
 “夢見る☆さん”でいていただければ、
 それだけでもうれしいです。

 夢見る☆さんの存在は、
 僕にとって心の支えなのですから。
旅人
2009/02/18 17:10
 風になれさん、こんばんわ。

 このようなブログに、思いやりのある親身なコメントを寄せてくださる風になれさんこそ、きっとこれまでの人生で、いろいろご苦労されてきた方だと思います。

 風になれさんも、3年前にお父様を亡くされたとか。
 残された風になれさんの思いは、僕とまったく同じで、お辛い気持ちよく理解できます。
 そんなご自分の悲しみを乗り越え、僕を励ましてくださる風になれさんの優しさが身にしみました。そのようなお気持ちに応えるためにも、元気をださなければいけませんね。

 僕はひとりぼっちですが、風になれさんには愛すべきご家族がいらっしゃいます。
 ご家族を大切にしながら、いつまでも幸せな人生を歩んでいってください。
旅人
2009/02/18 18:58
本当、
ここにコメントくださる方達の言葉って
深くて温かいですね(^^)

でも、自分が旅人さんと
同じ立場だとしたら
やはり悲痛な想いから抜け出す事は
とても難しい事でしょう…

でも、少なくとも
旅人さんを陰ながら応援している人達がいる事だけは、
いつも忘れないで下さいね(^^)!!

ところで、Ninjaのグリーンと
紅梅のコントラスト、
さすが補色、
べトスマッチですね(^^)!!

ナイスな写真、ありがとう旅人さん!!!



出遅れたよっち
2009/02/19 13:19
 よっちさん、
 出遅れたなんて、もったいないお言葉を。
 コメントいただけるだけで光栄ですよ!

 真心のこもったコメントをいただいていることについては、口では言い表せないくらい感謝してます。
 よっちさんをはじめ、みなさんからいただくコメントは、自分にとって唯一のプラス材料であり、唯一の救いなんです。
 ていうか、みなさんのコメントがなかったら、自分、今頃どうなっていたかわかんないですよ。決しておおげさではなく。
 間違いなくライダー復活もなかったでしょうし。

 その恩に報いるためにも楽しいツーレポを書きたいのですが、うまくいきません。それが悩みです。

 美術を学ばれ、センス抜群のよっちさんに画像を褒められると、メッチャ恥ずかしいです。
旅人
2009/02/19 19:04

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