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zoom RSS 母恋し(S)

<<   作成日時 : 2009/05/01 03:07   >>

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 僕は、母の死をまだ受け入れられないでいる。この日は、母の遺していった衣類を守るため、タンスに防虫・防カビ剤を入れた。僕の大切な宝物だから・・・


 昨年8月に亡くなった母。

 その母の遺したたくさんの衣類を、

 僕は捨てることができない。

 それらは、母をしのぶうえでの大切なよすがとなるものだからだ。

 特に肌着とパジャマには特別に愛着がある。

 昨年1月末に寝たきりになった母を、

 ベッドの上であっち転がしこっち転がし、

 お互い苦労しながら着替えを行った時の、

 思い出がいっぱいつまってるから。

画像

 母の部屋と、母が寝ていたベッド。記念館のように、その当時のままの状態で保存してある。

 タンスの引き出しを一つ一つ開けて、

 防虫・防カビ剤を入れていく。


 お母さんの肌着。

 白や肌色の肌着。

 なつかしい!

 愛おしい!


 ・・・・・たまらない!

 母のぬくもりが伝わってくる。

画像

       母の肌着。小袋に入った防虫・防カビ剤をいくつも入れてある。

 お母さんのパジャマ。

 可愛い柄の入った、

 色とりどりのパジャマ。

 自宅ベッドの上での、

 あるいは病院の病室での、

 母の唯一の晴れ着。

 お母さんのパジャマ姿、

 すごく可愛かったよ。

画像

       母のパジャマ。

 お母さんの和服。

 めったに着ることはなかったけど、

 あらたまった席に出かける時は、

 母と、母のタンスから、

 なんともいえない、

 よい香りがただよってきた。

 身の引き締まるような厳粛な香り。

 そんな時は普段と違い、

 母の威厳みたいなものを、

 感じたものだった。

画像

       母の和服。

 ウチに古い鏡台がある。

 僕が幼い頃からあったもので、

 すでに長い間使われないでいた。

 その鏡台を、

 “粗大ゴミに出しちゃえよ”って、

 母に言ったことがあった。

 そしたら母は、

 “ひどいことを言う”と言って、

 涙を流さんばかりにして怒った。


 僕はびっくりしてしまった。

 そして心から後悔した。

 母はおそらく、

 “女であることを否定された”と感じたのだろう。

 僕は、

 女性っていくつになっても、

 “乙女”の心を忘れないんだなと思った。

 この鏡台は、

 母が和服を着る際、

 よく使っていたものだった。


 お母さん、

 あの時はあやまることができなかったけど、

 表面ではなんでもないような顔してたけど、

 心の中は、

 申しわけない気持ちでいっぱいだったんだ。 

 お母さん、あの時は本当にごめん。


 お母さんの靴下。

 小さな靴下。

 まるで幼児がはくみたいな・・・

 こんなに小さな身体で、

 僕を、こんなに大きく育ててくれたんだね。

 今、僕がもてあましている家事を、

 重労働を、

 全部こなしてくれてたんだね。

 ひとことも手伝ってくれなんて言わないで。


 いつか僕が、

 お母さんにさからって、

 暴言吐いて、

 あとで謝った時、

 お母さん、こう言ったね。

 “いいんだよ、親なんだから”

 お母さんは、僕のわがままや、

 いたらなさを、

 そのままそっくり、

 大きな愛で包み込んでくれていたんだね。


 お母さん、

 あなたがこの世にいないなんて、

 未だに信じられない。

 受け入れられない!

 絶対に受け入れられない!

 そんなの絶対にいやだ!!


 お母さん!

 あなたの姿を、

 いつも悲しみをたたえていた、

 あなたの大きな瞳を、

 もう一度見たいんです!

 僕の名を呼ぶあなたの声を、

 もう一度聞きたいんです!


画像

 去年のカレンダーも捨てられないでいる。赤いしるしは、僕が食費(毎月入れていた)を支払った際に押したハンコのあと。母の亡くなった8月分まで押してある。


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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
お母さんの使っておられたものをそのままに保存されているのですね。
記事を拝見しながら、私も亡き母をダブらせていました。
私の母は他界して18年です。
母の遺品はほとんど今は残っていませんか、『鏡台』は私が使っています。
私も自分の物を持っていました。
その方が新しい物でしたが、自分のを処分して母の物を使っています。
母がこの鏡台を購入したのは、私がまだ小さい時でしたが、母が凄くうれしそうにしていたのを今でも覚えています。私も嬉しくて親の目を盗んでは、口紅をこっそり付けて見たりして遊んでいました。(口紅を折ってしまい何度か叱られました。苦笑)
「鏡は人の物を使うものではない」と言うらしいですが、母のものだから良い!と思って使い続けています。
(かなり古めかしいです)
母が亡くなり3年くらいは、母と同年齢の人を街で見かけ、楽しそうだったりすると
「どうして・・母だけが・・」と思ったりしました。
私はあと数年すると母の亡くなった年齢になります。
今の私の年齢で母は闘病が始まりました。
そんなにも月日がたったのか・・と思ったり、昨日のことのように思ったりします。
ビオラ 1
2009/05/01 06:34
旅人さんの心の中にはお母さんの良い思い出がたくさん詰まっていると思います。
その思いではずっと宝物ですね。
お母さんもずっと旅人さんの事を見守っておられると思います。
旅人さんの笑顔がお母さんへの最大の供養だと思います。

私は亡き母生前に言えなかった事を、いつかあの世で有ったら言おうと思っています。
「おかあさん、産んでくれてありがとう」と。
それが言えるためには、自分の人生を充実さえなければいけません。そう思って頑張って生きています。

私事ばかりを書いてしまって、ごめん!
ビオラ 2
2009/05/01 06:35
お詫び

変換ミスが有りました。
すみません。(苦笑)
ビオラ 3
2009/05/01 06:36
旅人さん、コンニチワ!
今でもお母様の“死”が受け入れられないとおっしゃる旅人さんの気持ち・・写真を拝見していると、ひしひしと伝わってきます。
まるで「記念館」のような“静謐”な空気が漂うお母様のお部屋を見ていると、長年の親子の情愛が混ざり合って凝縮したような温もりと、他人が分け入る隙さえ与えない清廉な密度の濃さを感じます。(そしてその清らかさは永遠に薄まることがないでしょう)
また、キチンと整理整頓され、保管されているタンスの中の衣類の写真を拝見しているうちに、旅人さんらしい「細やかさ」と「優しさ」が胸に迫ってきて、しみじみ「お母様は本当にお幸せだな〜」と羨ましく思いました。
旅人さんは決して一人ではありませんよ。
お二人はいつも一心同体なのですから・・。

夢見る引きこもり☆
2009/05/01 12:07
 ビオラさん、こんばんわ。

 このブログについては、公開すべきかどうか迷いました。
 しかし、最終的に、自らの思いの自然の流れに従い、是非については、読み手の方々の判断に身を委ねることにしました。
 今更、恥だの外聞だのと言ってもしかたないですし。

 ビオラさんの生き方は、亡くなられたお母様に対し、そののちもなお孝行されていると言ってもいいような、立派なものだと思います。妹さんとの仲もよくて、うらやましいかぎりです。
 一方自分は、未だに前を向けないでいます。理由はいろいろありますが、体調不良が最大の要因になると思います。
 ただ、気持ちだけは切れないように努力しています。
 続く
旅人
2009/05/01 21:13
 鏡台のお話、面白く拝見させていただきました。
 女性にとって、鏡台は単なる姿見ではなく、女性としての生き方に関わる重要なアイテムなのですね。
 もともと女性心理には疎い自分ですが、鏡台にまつわる母との一件はこたえました。
 これからは、“対人間”というだけでなく、“対女性”という観点からも感性を磨いていきたいと思います。
 なお、ビオラさんを始め、僕のブログにコメントを寄せてくださる女性の方々の、しなやかで、自由で、おおらかな感性に、僕自身とても癒され、また勉強させてもらっています。
旅人
2009/05/01 21:24
 夢見る引きこもり☆さん、こんばんわ。

 このような内容の記事を公開したことで、読まれる方への申しわけないという気持ちに苛まれています。
 わざわざコメントまで寄せてくださった方々には、本当に恐縮です。

 自分にとって母は絶対的な存在で、その喪失による打撃と、心に受けた傷は、生涯癒えることはないと思います。
 しかし、それがどれほどのものであれ、僕自身は生きていかなければなりません。そして、ひとりぼっちの自分にとって現実は待ったなしです。
 体調さえよかったら、もうちょっとましな状態でいられると思うのですが。
 今はひたすら耐えるのみです。

 夢見る☆さんを始めとする、みなさんの声を励みに、がんばっていこうと思います。
旅人
2009/05/01 21:47

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