夢と冒険とロマン

アクセスカウンタ

zoom RSS 生きている実感

<<   作成日時 : 2009/09/17 00:03   >>

トラックバック 0 / コメント 32

 今の自分にとって、生きているという実感を与えてくれるのは、オートバイでコーナーに突っ込んでいく時の恐怖心との闘いだけです。


 動画は削除しました。申しわけありません。


 下の動画は、

 旅人が街中のコーナーを走り抜ける様子を、

 車載カメラで撮影したものです。

 コーナーは、

 長い直線のあとに控える、

 ほぼ直角に近い右カーブです。

 旅人は、かつてここで転倒したことがあり、

 それがきっかけで、いったんオートバイを降りました。

 その後、何年かの休止期間をへて、

 昨年10月にライダーへの復帰を果たしたのです。


 そういうわけで、

 ライダーに復帰して、まもなく1年になろうとしていますが、

 自分、このコーナーにはトラウマがあり、

 いまだにビビリの走りしかできません。

 動画を見て笑ってやってください。(謙遜じゃないところがつらい)


 まあ、こういう走りだったら絶対安心、

 事故ることもありませんので、

 少しでもリスクを減らしたい向きにはお薦めです。






画像

 直角に近いコーナー。画面右奥からこちらに向かって走って来て、右に旋回して、画面左側へ走り去る。

画像

       付近の多摩川の風景。

            *        *        *

 僕は、若い頃から、

 “この世で一番美しいものが見たい”、

 “真実が知りたい”、

 と思って生きてきました。

 そして、それらの願望をかなえる手段として、

 人類の美と英知の結晶である、

 古典文学を読むのが一番の近道であると、

 直感的に覚った僕は、

 内外の古典文学を読みあさりました。


 ちなみに、

 僕が、人類最高の美と真実を内包していると信じているのは、

 次の5作品です。

 ○女流詩人サッフォーの抒情詩

 ○哲学者プラトンの「ソクラテスの弁明」、

 ○悲劇詩人ソフォクレスの「オイディプス王」、

 ○喜劇詩人アリストファネスの「鳥」

 ○劇詩人シェークスピアの「ハムレット」


 シェークスピア以外の4人は、

 いずれもギリシア人で、

 紀元前7〜4世紀に活躍した人たちです。


 日本人では、次の人または作品が好きです。

 ○歌人和泉式部の和歌

 ○随筆家清少納言の「枕草子」

 ○小説家紫式部の「源氏物語」

 ○菅原孝標女(すがわらたかすえのむすめ)の「更級日記」

 ○説話集「今昔物語集」



 そのほか、

 哲学、文学、美術について、

 さまざまな作品に接し、

 自らの知性や感性を磨いてきました。

 その結果、

 自分でも、

 「ま、こんなものかな」

 と思える域にまで到達することができたのです。


 本来、これらのものは、

 僕にとって一生の宝物として、

 僕が生きているかぎり、

 幸せをもたらしてくれ、

 人生を支えてくれるはずでした。


 しかし、

 こんなもの、

 もう、どうでもいいんです。

 哲学も、文学も、クラシック音楽も、

 いかなる学問も、芸術も、宗教も、

 今の僕にとっては、

 無価値で、無意味で、つまらないものなんです。

 美しい自然や、

 おいしい食べ物にも興味がないんです。

 昨年の8月に、母を亡くしてからは。

            *        *        *

 母のような人が、

 これほど汚れのない魂が、

 こんなにも無残に、

 不運と悲しみだけで一生を終えるなんて、

 僕には認めることができないし、

 許すこともできない。

 こんな理不尽なことが許されるのなら、

 この世の中には、

 価値あるものなんて何も存在しえない。

 美?

 そんなもの欺瞞だ!

 価値?

 そんなものは妄想!


 目を開けて世の中をよく見るがいい。

 正しい人間には、

 悲しみと滅びが与えられ、

 ろくでなしには、

 喜びと繁栄がもたらされているという現実を。

 これは、

 口には出さなくても、

 心の中では誰もが認めているはず。

 いくつかの諺(ことわざ)は、

 それをものがたっている。

 “善人は若死にする”

 “にくまれっ子、世にはばかる”等々。


 実際、人間なんて畜生と変わらない。

 弱肉強食で、

 栄えるのはエゴイストばかり。

 この世界は、

 悪い者、強い者がやりたい放題だ。

 こんな人類には未来はない。

 早いとこ終わりがくればいいのだ。

 人類が消え去っても、

 この宇宙にとっては、

 ゴミがひとつなくなったようなもので、

 何の損失もない。

            *        *        *

 この世に、

 僕を愛してくれる人はいません。

 また、僕が愛する人もいません。

 何をしても面白くないし、

 何を食べてもおいしくありません。

 何もかもが嘘で、

 何もかもが無意味なこの世界で、

 僕は、生きながらに死んでいます。


 しかし、そんな僕にも、

 真実と思えるものがあります。

 生きていると実感できる瞬間があります。


 それは、

 オートバイで、

 コーナーに向かって突っ込んでいく時に、

 “恐怖心と闘う自分”を、感じた瞬間。


            ★        ★        ★

 ずいぶんと悲観的なことばかり書いてしまいましたが、

 僕はこのような考えに、

 すべて支配されているわけではありません。

 人を信じたい、人を愛したいという思いも、

 心の中にはあるのです。

 そして、漠然としたものではありますが、

 未来へのかすかな希望も。


 僕が今回このようなことを書いたのは、

 胸の奥に、

 他のいろいろな思いとともに、

 確かに存在するこうした思いを、

 思いきって吐き出すことにより、

 それを克服するきっかけにしたいと思ったからです。


 人間は試練に遭って、

 はじめて、

 その真価を発揮するものです。

 試練こそが人間の魂を磨き、

 その尊厳を高めてくれるのです。


 僕は、自分自身も含めて、

 多くの方々が、

 こうしたネガティブな発想を乗り越え、

 将来に光を見い出せるようになることを、

 心から願っています。



にほんブログ村 バイクブログへ
にほんブログ村



                                        Copyright

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(32件)

内 容 ニックネーム/日時

おお(^^)
臨場感ある動画ですね〜。

後半の文学の話は
難しくてついて行けませんでしたけど(T_T)


> “善人は若死にする”

> “にくまれっ子、世にはばかる”等々。


本当、世の中不条理だらけですが
こんな事から極楽浄土や天国を創り上げたんでしょうね。


> 生きていると実感できる瞬間があります。


これまさしく!
激しく同感です(^^)




よっち
2009/09/17 15:17
 よっちさん、こんばんわ。

 ずいぶんと悲観的なことばかり書いてしまったので、ちょっと驚かれたかもしれませんね。
 ただ、自分、このような考え方に支配されているわけではないんです。
 確かに、心の奥にはこういう思いもあるにはあるのですが。
 でも、こう見えて意外と楽天的なところもあるんですよ。
 人を信じたい、愛したいという思いも失っていません。
 それに、漠然としたものではありますが、未来への希望だってもってるんです。(^^)
 世の不条理は不条理。
 自分は自分ですからね。

>おお(^^)臨場感ある動画ですね〜。

 ありがとうございます。
 広角レンズを使っているので、予想以上に迫力のある映像になりました。

>>生きていると実感できる瞬間があります。
>これまさしく!激しく同感です(^^)

 お互い、
 生きているかぎり、
 喜びを求め続けていきましょう。
 人生に悔いを残さないためにも。
旅人
2009/09/17 19:12
 旅人さん、コンニチワ!
 これまで色々なことを学ばれてきたんですね。
 だからこそ、現在の旅人さんがいるということが、よく分かりました。
 また、私はオートバイには乗りませんが、「恐怖心と闘う自分を感じた瞬間に、生きている実感がする」というのも、分かるような気がします。
 拝見すると、一見ネガティブで悲観論者のようにも思われる旅人さんですが、実は生活力旺盛で、愛情深くて、男らしい人であることに改めて気づかされます。
 何故なら、分析力に長けている旅人さんのことですから、既にご自分の中で、本当は「生きたい」からこそ「恐怖心」が湧くことも、「愛したい」、「愛されたい」からこそ、「愛されていない」と感じることも、ご存知だからです。
お互いに早く「光」が見出されると良いですね。
夢見る引きこもり☆
2009/09/18 14:58
 夢見る引きこもり☆さん、こんばんわ。

 夢見る☆さん、
 素晴らしい知性と洞察力ですね。
 驚嘆しました。

 僕の分析力なんてとんでもないです。
 僕は単なる“溺れる者”にすぎません。
 苦しみもがきながら、
 自らの日頃の思いを、
 ところかまわず吐き出しているだけなんです。
 今の僕には、
 とても自己分析する余裕なんてありません。

 おっしゃるように、
 僕にはある意味“男らしさ”みたいなものが、
 あるのかもしれません。
 肉体的にも精神的にも、
 女性からは一番遠い人間のような気がします。
 しかしながら、
 男って本当は弱いものなんです。
 まっすぐに進む力は強いけど、
 曲がるのは苦手。
 融通が利かず、柔軟性がない。
 女性に較べると生命力も弱く、
 生活力にも乏しいんです。
 もし僕が女性だったら、
 もっとうまく生活できてると思います。
 続く
旅人
2009/09/18 20:44
 それにしても、
 第三者の意見て大事ですね。
 “灯台もと暗し”とは言いますが、
 自分では自分のことはわからないものです。
 夢見る☆さんのおかげで、
 今回初めて、
 自分の中にある
 “生きたい”とか、
 “前進”したいとかいう、
 前向きな欲望の存在に気づきました。
 本当におっしゃるとおりだと思います。
 今の僕の苦しみは、
 “生きたい”ゆえの苦しみ、
 すなわち、旺盛な生命力の証だったんですね。
 目からウロコです。
 これで少し自信が取り戻せそうです。
 夢見る☆さんの、
 鋭い洞察力、分析力にあらためて感謝です。

 夢見る☆さんが、
 これほど僕のことをご理解くださり、
 親身になってくださる。
 そのことに、
 夢見る☆さんの温かいお心と愛を感じます。

 僕たちの努力は、必ず報われます。
 希望の光がさすのも、もうすぐです。
旅人
2009/09/18 21:17
お久しぶりです。私は思います。もがき苦しむからこそ、人は生きているのだと…苦しみもがくから、輝けるのだと…夢中になった若かった頃が輝いて見えるのは今とまた輝き方が違うのかな…って思います。若かった頃もきっと悩みや苦しみが有ったのですが…心の力が違うんだろうな…今はかなりパワーダウンしてると思います(^^;旅人さんどんな小さな事にでも夢中になれる人は輝いてますよ!旅人さんも眩しいです♪
アレックス
2009/09/19 05:18
私は変かな?
この記事を拝見して悲観的にはとらなかったです。
生きると言う事を追求することは、良い事だと思います。
いろんな葛藤等が有ったりすることは、前向きな証拠だと思います。
バイクがお好きな旅人さんは文学青年でも有ったのですね。
素敵です。

シルバーウィーク、行楽日和ですね。
私は家で静かに暮らしていますが、旅人さんはどちらかへお出かけですか?
ビオラ
2009/09/19 09:39
 アレックスさん、こんにちわ。

 ありがとうございます。
 確かに、“これが生き甲斐”というようなものを一つでも持っていれば、その人は輝くことができるのかもしれませんね。

 その点、アレックスさんはたくさんの生き甲斐をお持ちなので、本当に太陽のように輝いて見えます。

 人間、年をとるとパワーも落ちるし、身体の傷も心の傷も治りにくくなりますが、反面、それなりに人生経験を積んでいるので、うまく対応できるということもあるのかもしれません。
 アレックスさんも、
 アクシデントを見事に克服され、

 そして今、
 天馬のごとき黄色いV−MAXで、
 抜けるような青空のもと、
 どこまでも続く青い海のほとりを、
 緑輝く悠久の大地を、
 縦横無尽に駆けめぐっていらっしゃる!!

 まさに一服の絵のように。

 アレックスさんの、こうした何ものにも捕らわれない自由な姿を見ていると、ライダーとしての熱い魂を感じ、こちらも勇気が湧いてきます。
 決して悩みがないわけではないのに、常に明るくふるまって、みなを励ましてくださるアレックスさん。
 その深慮と、思いやりの心に感謝です。
旅人
2009/09/19 16:53
 ビオラさん、こんにちわ。

 “変”なんてことありませんよ。
 そのように思っていただけてうれしいです。
 むしろ本望なくらいです。
 悲観的という言葉には違和感を感じます。
 自分のことは、自分ではあまりよくわからないのですが、
 今は、何とか生きる道を捜そうと思って、
 そして、できれば、
 よりよく生きたいと思って、
 もがいている状態なのだと思います。

 若い頃から、なかなか人生が思うようにならなくて、
 逆に、この世界のことをとことん知ってやろうと思って、
 文学の世界に足を踏み入れました。
 相当の思い入れと覚悟をもって、
 文学に接してきたので、
 それなりの成果は得られたと思っています。
 続く
旅人
2009/09/19 17:17
 連休中の外出は体調次第ですが、
 ブログを読んでくださる方々に喜んでもらえるような、
 そんなブログが書けるような、
 旅ができたらうれしいです。

 連休中ご自宅で静養されるビオラさんに、
 フランスの劇作家ウージェーヌ・イヨネスコの、
 次の言葉を贈ります。
 この言葉の意味は、
 例えどんな境遇におかれている人でも、
 想像力さえあれば、
 「夢と冒険とロマン」の世界を楽しむことができる、
 というものです。
 もとより、ビオラさんにおいては、
 このようなことは、
 十分ご承知のこととは思いますが。


 「この椅子、このスタンドをかなり永い間じっと見つめていると、旅行しないでも旅行がはじまって、世界がふたたび新しくなる。」
旅人
2009/09/19 17:40
難しいけど分かります(`・ω・´)

私はまだ生き切ったとは思ってないので語ることはないですね(`・ω・´) b

白玉ネコ
URL
2009/09/19 21:23
 白玉ネコさん、こんばんわ。

 白玉ネコさんはまだ大学生ですよね。
 人生まだまだこれからです。
 今はまだ真っ白なカンバスの状態。
 これから、楽しいこと、そうじゃないこと、
 いろいろなことが、
 心の画布に描かれていくことと思います。

 自分もそうでしたが、
 若い時って、
 年寄りの感懐なんて想像つかないですよね。
 でも、ライディングも同じだと思いますが、
 経験者の言葉って、
 時には役に立つことがあるものです。
 自分の失敗や後悔が、
 白玉ネコさんのカンバスに、
 少しでも陰影として残り、
 将来の大作の完成に、
 資することができればうれしいです。

 ・・・て、
 自分、年とっててもガキですけどね。
 一生そうだと思います。

 まっ、
 生きてるうちは、
 生き切るなんてことありえないですよ。
 生きてる限り、
 人は常に道半ばです。
旅人
2009/09/20 00:40
なぜか最近、YOU TUBE中国で見れないんだよなぁ・・・。

コーナーに突っ込む恐怖心・・・たぶん、ちょっと語弊があると思いますが、無理やり突っ込む・・・というんじゃなくて、「ひょっとしてコーナーの先に何かがあったらただじゃすまないかも」というような恐怖心はありますね。

最近、バイクで転んでないですが、以前、何度か転倒した時はやはりコーナーに侵入する時にその時のイメージがよぎってビビってしまいます。

でも、それを乗り越えないとまともにバイクには乗れません。怖さを知ってるからこそ、限界を知ってるからこそバイクをコントロールできる・・・そう思います。

バイクに乗っていて生きている実感を感じることはよくあります。それはちょっとしたアクシデントで死に直面することが時々あるからです。これは通常の生活ではあまりないことです。

例えばビーナスラインのヘアピンでオーバースピードで突っ込んでタイヤロックして対向車線に行ってしまった時など・・・もしも対向車がいたら・・・タダじゃすまないですね。限界を知ってたのに一瞬の判断ミスで限界を超えてることもあるわけです。
けいつ〜
2009/09/21 12:58
そういう時こそ「はぁ〜生きててよかった〜」と実感します。アドレナリン出まくりです。峠を走ってる時はアドレナリンが体中を駆け巡る感じがわかりますね。感覚が鋭敏になってアスファルトの凸凹さえも感じられる気がします。

ただ、その緊張から解き放たれると、ドドーンと身体に疲労感がのしかかってきます。リバウンドでしょうねぇ。この時の感じがたまらなく快感なのですよ。たぶん旅人さんも体験されてると思いますけど。

これがバイクに乗ったらやめられない理由のひとつ「ライダーズハイ」とでも言いましょうか。それです。

旅人さんの論点はさらに波及して人生観にまで達していますが、たしかに私にとってもバイクは私の人生に大きな影響を与えていますね。もしもバイクがなかったら、私の考え方も変わっていたかもしれません。他に代わりのないとても大事なアイテムです。

そういう意味でもこれからもお互いにバイクとは永く付き合って生きたいものですね。
けいつ〜
2009/09/21 13:06
人を愛すること・・・簡単なようで難しいです。結婚している私が言うのですから・・・

恋人同士なら意外に簡単です。お互いに気に入らなければ別れればいいことですから。ただし、結婚して子供ができた後、愛情は不変か?というとそれは疑問です。

理想的には永遠の愛・・・かもしれませんが現実にはいろいろなしがらみがあって、必ずしもそうではないです。お互いの妥協の中に夫婦は存在し、日常を営んでいるのが現実だと思います。

こんなことを言うと夢がないかもしれませんが、もちろん、新婚時代はそんなこともない甘い生活の連続ですよ。でもそこに子供が生まれてくると、どうしても子供主体な生活に変わらざるを得なくなって、愛情の対象も奥さんと子供に向けられるようになって・・・

あぁ、私、何を書いてるんでしょうねぇ。(笑)

まぁ、以前にも書いたかもしれませんが、幸せの形の正解は何万通りもあって、どれが正解ということもないですから。それを見つける事がこの世に命を授かった理由かもしれません。間違ってもお金儲けをするために命を授かったんじゃないはずです。・・・・そう信じたい。
けいつ〜
2009/09/21 13:15
ははは。いっぱい書いちゃった。
けいつ〜
2009/09/21 13:17
 けいつ〜さん、こんばんわ。

 けいつ〜さん、大作のコメントありがとうございます。

 そちらではYou Tubeが見られないんですか?
 それはつらいですねえ。
 ただ、今回の自分の動画に関しては、街中のコーナーを普通より少し速いスピードで駆け抜けていくシーンだけの、わずか40秒ちょっとの映像なので、別に見なくてもどうってことないものなんです。
 しかし、You Tubeでいろんな音楽が聴けないのは残念ですよね。

 僕が、“コーナーへ突っ込む時の恐怖”と言っているのは、ごく単純なものです。 
曲がりきれなかったらとか、転倒したらとか、対向車と衝突したらとかといったような。

 走り屋って、1〜2キロくらいの短い距離を行ったり来たりして、1日に何十回も同じ所を走るんです。

 コースに行くと、まず路面の状態を見ます。
 オイルが流れていないか、石や小枝や砂など、障害物がないかを確かめるのです。
異常がなければ走り始めます。
 でも、いきなり全開で走ることはありません。
 身体もマシンも少しずつコースの走行に慣らしていくんです。
 その際、その日の自分のコンディションなんかもみきわめます。
 そのようにして、何回も往復するうちに徐々にピッチを上げていくんです。
 続く
旅人
2009/09/21 20:03
 このようにして、シーズン中は同じところを何十回、何百回と走るのですが、実は1回として同じ走りはないんです。
 1回1回すべてが違うんです。
 走るたびに新たなる挑戦です。
 というのも、人間には向上心というものがありますので、限界に挑戦するとかいうおおげさなものでなくても、
 “さっきよりは今度”
 “今度よりは次ぎ”
 というように、
 走るごとに、より速く、よりスムーズなコーナリングをしたいという欲望が募ってきます。
 そして、そのつど、
 “スピードをもっと上げようか、あるいは落とそうか”
 “スロットルを戻すか、もうちょっと開けとくか”
 “ブレーキをかけようか、もう少しがまんしようか”
 “バンク角をもっと深くしようか、このままでいいか”
 “ライン取りをもっときびしくしようか、やめとくか”
 といった迷いが生じてきます。
 続く
旅人
2009/09/21 20:17
 その迷いこそ、
 “コースオーバー”や、
 “転倒”、
 “衝突”、
 といった不測の事態を怖れてのものなんです。
 失敗すれば高い確率でそうなるし、
 そうなれば死というものが、現実として迫ってきます。
 だから、コーナーに突っ込んで行く時、
 僕の頭の中は、生死を賭けた計算や駆け引きで、
 常にグルグル回っている状態なんです。
 すなわち、死の恐怖と戦っているんです。

 自分は下手なので、こんなに迷うのかもしれません。
 何も考えずに、無の心境で走れる人もいるのかもしれません。
 そのような人は、きっと“速い”人なのだと思います。
 しかし、走り屋仲間の話では、
 “速い”と噂された人の多くが、
 もはや、この世にいないということです。

 では、なぜそんな怖い思いをしてまで走るのか。
 それは僕にもよくわかりません。
 ただ、死の恐怖があるからこそ、
 それに打ち勝つからこそ、
 “生きているという実感”が湧くのだということは確かです。
 そして、その“生きているという実感”こそ、
 最高の快感なのだということも。
 続く
旅人
2009/09/21 20:31
 結婚していない自分に、結婚について語る資格はないかもしれませんが、フランスの言葉が、結婚というものの現実をよくものがたっているような気がします。

 曰く、「結婚する前はよく見ろ。しかし、結婚したら目をつぶれ」

 いや〜、調子にのって、
 けいつ〜さんよりいっぱい書いちゃいました。
 (^^;)
旅人
2009/09/21 20:43
なるほど。私も20年前は峠に行って同じところを何往復もしていた輩ですから、よくわかります。

最速ラインはどこか?クリッピングはどこにとるか?考えながらコーナーに突っ込んでいきますよね。一人で走ってる時、他の誰かと走ってる時、状況はいろいろ変わります。コーナーでギャラリーが見ている前ではちょっと緊張するし。(笑)懐かしいです。若かったなぁあのころ。

まぁ、お互いそんなに若くないですから、気をつけて乗りましょうね。
けいつ〜
2009/09/22 08:07
 けいつ〜さん、こんにちわ。

 そうですね。
 お互い気をつけて走りましょう。

 僕の場合、いまだにオートバイでのコーナリングが最高の楽しみではあるのですが、無茶はしないつもりです。
 Ninja250Rは、ホイールベースが長くてコーナリング中の安定性がよくないし、ノーマルタイヤはグリップが悪いしで、コーナー攻めには向きません。それに、峠は当局の監視が厳しくて、とても以前のように走れる状態ではありませんから。
 16年前に女性ライダーにたしなめられた時、“もう走り屋のような走り方はしない”と誓ったこともありますし。

 でも、どんな走り方をするにしても、気を抜かないで、常に緊張感をもって、気合いの入った走りをしたいと思っています。
 もちろん、遵法精神にのっとって。
 免停は絶対にいやですから。(笑)
旅人
2009/09/22 12:34
旅人さん、(*・ェ・*)ノ~☆コンバンワ♪

けいつ〜さんと旅人さんのコメントを
なるほどぉ〜〜(* ̄ρ ̄)”
などと思いつつ読んでいました。

私もコーナーがきつくなればなるほど、緊張が走ります。
それが上手く出来ると妙にうれしかったりしてね。
だから走らずにいられなくなるのかもね(笑)
もちろん、景色を見ることも楽しみのひとつなんですけど(^o^)
月子
URL
2009/09/24 00:04
そういえば
いつもご訪問してくれているのに
コメント何度も見逃してごめんね〜<(_ _)>
月子
2009/09/24 00:21
 月子さん、こんばんわ。

 月子さんのブログを拝見していると、
 月子さんて、
 ホント〜〜〜〜にっ ヾ(>_<) 
走るのがお好きなんだなって、
 よくわかります。

 コーナーで緊張されるそうですが、
 これは誰でも同じだと思います。
 コーナーを曲がる時は、
 緊張感をもって走る方がいいんです。
 慣れすぎて油断するのが、
 一番よくないです。

 思うんですけど、
 月子さんて、
 僕なんかよりずっと、
 “走り”の才能があるような気がします。
 本格的にサーキット走行を始められたら、
 きっと、その才能が開花して、
 一流のレーサーになれるように思うんです。
 もし時間に余裕ができたら、
 今からでも、サーキットに挑戦してみてください。
 続く
旅人
2009/09/24 01:53
 返信のことは気にしないでください。
 とてもお忙しそうなので、
 忘れるのも無理ないですよ。

 僕は、これまでずっと、
 僕のことを気にかけてくださる、
 月子さんの優しさを感じてきました。
 月子さんには、
 身内に対するような親しみを感じています。
旅人
2009/09/24 02:06
>月子さん
月子さんって名前、昔あったバイクの4コマの主人公の名前と同じですけど、ひょっとしてそこから?

コーナーでの緊張・・・最初は誰でも曲がり切れないってブレーキかけることがありますよね。車と違ってバイクは無理やりハンドル切ったり、ブレーキかけたりができません。そんなことしたらすぐ転倒しますし。恐怖はそこから来るんでしょうね。

コーナーで一番重要なのはライン取りですね。コーナーに侵入して出て行くまでにどういう軌跡を取るのが一番効果的か?そう考えて走るとおのずと答えが見えてきます。

ブラインドコーナーでむやみにインにつくと、スピードを落とさざるを得なくなります。必ず曲がりきれません。アウト側から入ればスピードを落とさずとも状況に応じて寝かせて曲がる・・ことができます。

コーナーきつくなればばるほど・・・そこは無理せずスピード落としてインベタで回りましょう。(笑)

「うまくできると嬉しい」・・・まさにその通りです。うまくコーナー抜けられると気持ちいいんです。気持ちよさを追求して秋のワインディングを走りましょうね。

あぁ、私も早く日本に帰ってバイク乗りたい・・・(泣)
けいつ〜
2009/09/24 16:37
 けいつ〜さん、こんばんわ。

 HNの由来はわかりませんが、
 月子さんはバリオスに乗る、
 北海道在住の働く主婦の方です。
 ツーレポを中心とした、
 とても味わいのあるブログを書かれています。

 おっしゃるとおりライン取りは大事ですね。
 ただ、よりよいラインを取るためには、
 そのコーナーを熟知している必要があります。
 だから、ツーリングなどで、
 初めて通る道の場合には、
 そのようなことは不可能です。
 続く
旅人
2009/09/24 20:29
 慣れないワインディングは、
 様子を見ながらそろそろ走るのが一番です。 
ブラインドコーナーの先に、
 何が待ってるかわからないんですから。
 路上のさまざまな障害物はもとより、
 Rが途中で変わる、“複合コーナー”も危険です。
 あと、僕の経験で、
 けっこう危ないと感じるのが道路工事です。
 峠の道路って、わりと頻繁に工事が行われます。
 そのたびに片側通行になるのですが、
 その時にできる、
 臨時の信号を待つ車列がくせものなんです。
 ブラインドコーナーを勢いよく曲がったとたん、
 目の前に信号待ちの車が止まってた、
 なんてことがよくあります。

 いずれにしても、
 ワインディングを、速くかつ安全に走りたいのなら、
 峠の専門家である、
 走り屋のノウハウを用いることです。
 ちなみに、本当の走り屋は遅い車を追い越したりしません。
 そうしなくてもよいようなやり方をしているんです。
 少なくとも、かつての大垂水峠の走り屋はそうでした。
 もし、無理な追い越しをすれば、
 対向車線を走って来る別の走り屋と衝突事故を起こしかねません。
 続く
旅人
2009/09/24 20:38
 以上、ここに書いたことは、
 元走り屋であるけいつ〜さんにとっては、
 当たり前のことかと思いますが、
 経験の浅い読者の方もいらっしゃるかもしれないので、
 一応書いてみました。

 けいつ〜さんは、
 ベテランライダーでありながら、
 お仕事の都合で、
 なかなかオートバイに乗れないんですよね。
 お気持ちお察しします。
旅人
2009/09/24 20:47
はじめまして!
いつもブログへのコメントありがとうです^^

ふむふむ。なかなか深い考えをお持ちですね
アタシはただのバカですが
旅人さんにはもっともっといろんな哲学を学んで欲しいと思いました
今まで本を読んで得たものはすばらしいものばかりですね♪
簡単なことではないけれど自分自身を変えるような哲学書に巡りあえることを願います^^

お母様の死と向き合う事は辛くて大変なことだと思いますが、人間として生まれた以上「生老病死」は絶対に避けられないことです
私も両親はいません(母は不明・父は他界)
でも人生は乗り越えなくてはならないことが沢山あります
焦らずマイペースで自分を築いていって下さい!

バイクは下手でもいいんです!ゆっくりしか走れなければそれでいいんです!競い合うものではないから
楽しく走れたらそれが最高だと思いませんか!?
めめ
URL
2009/09/28 00:00
 めめさん、こんばんわ。
 ご訪問ありがとうございます。

>アタシはただのバカですが旅人さんにはもっともっと いろんな哲学を学んで欲しいと思いました

 とんでもないですよ〜
 めめさんのブログ拝見して、
 コメントも読ませていただいて、
 とっても知的で魅力のある女性だなって思いました。

 本は、これまでけっこう読んできました。
 人を信じ、人間社会も肯定してきたのですが、
 母の死をめぐって、
 考え方が180度変わってしまったんです。

 おっしゃるように、
 人間にとって、
 「生老病死」が避けられないものであることは、
 理屈ではわかっているつもりです。

 でも、
 母が死んだなんてこと、
 受け入れるのは・・・

 自分にとって、
 この世には母しかいないので・・・

 こんなことしか言えなくて、
 申しわけありません。
 僕のためを思ってくださる、
 めめさんの優しいお気持ちに応えられるよう、
 努力します。

 オートバイについては、
 競い合うのは苦手だし、
 運転に自信もないので、
 いつもソロで、
 マイペースで走ってます。

 これからもそんなふうに、
 走り続けたいと思っています。
 オートバイにおいても、
 人生においても。

 自らの居場所を求めて。
旅人
2009/09/28 03:12

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
生きている実感 夢と冒険とロマン/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる