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zoom RSS パッヘルベルのカノン

<<   作成日時 : 2009/09/25 19:44   >>

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 母の死を、いまだに受け入れられないでいる自分。泣くなんてことは拒絶しているはずなのに・・・

画像

        大好きな花にかこまれた母。

 今日、たまたま思いついて、

 以前から知っていた、

 「パッヘルベルのカノン」という曲を、

 ネットで検索してみました。

 すると、You Tubeにあったので、

 ためしに聴いてみると、

 秋という季節のせいでしょうか、

 ひときわ心にしみました。

 みなさんもよろしかったら、

 お聴きになってみてください。


 心静かな秋の昼下がりに・・・






 *以下、ブルーの文字で記載した部分は、
  このYou Tubeに寄せた、自らのコメントの写しです。



 昨年8月、

 最愛の母を亡くして以来、

 何もかもがどうでもよくなって、

 涙さえ流さなかった。

 好きだった芸術作品も、

 みな色褪せて見えた。


 それなのに・・・


 くやしいけど、

 この曲を聴くと、

 どうしようもなく、

 涙があふれてくるんだ。


            *        *        *

 しかしながら、

 これは、

 悲しみの涙ではないような気がします。

 母の美しい魂と、

 僕の魂が、

 音楽をつうじて互いに共鳴し合い、

 二つの魂が一つになった時、

 僕の心に、

 大いなる喜びが生まれました。

 そして、その喜びが、

 そのまま涙となったような、

 そんな気がするのです。



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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
最愛の人を亡くした悲しみ、簡単に去るものではないと思います。
私が母を亡くした3年後の有る日、バスに乗っていました。母と同年齢の人たちが数人で楽しそうに笑っている光景を見て、バスの中で涙が止まらなかった事が有ります。
私の母は56歳で他界しました。
無くなった人の歳を数えるものではないと言うけど、数えなかった歳などないです。
今この世にいても74歳です。
他界後18年、それでも忘れることはないです。
悲しい時、辛い時は思いっきり泣いていいと思います。
お母さんもきっと許して下さると思います。

カノン、良い曲ですね。
私の前の携帯にこの曲、入ってました。
ビオラ
2009/09/25 23:20
 ビオラさん、こんにちわ。

 本当は夜書こうと思っていた返信でしたが、
 ちょっとしたアクシデントが起き、
 今頃書くことになってしまいました。

 ビオラさんは、
 お若い時から苦労されているのに、
 気持ちがまっすぐで、
 心が純粋な方なんですね。
 お母様のご不幸を、
 素直に泣けるというのがその証拠です。

 自分なんか、
 若い頃からの苦労のため、
 気持ちがゆがんでしまっていて、
 悲しいことがあっても、
 泣くことができません。
 ただ、今回のように、
 予期せず、美しいものにふれた時は、
意に反して、
 涙があふれてきてしまうのです。
旅人
2009/09/26 15:14
旅人さん、コンニチワ!
いまだにお母様の死を受け容れないとおっしゃる旅人さんの気持ち、分かるような気がします。
何しろ亡くなられてからまだ一年ちょっと?ですし、ましてや、かけがいのない人の死は、何十年経っても受け容れたくないものですから・・。
 ところで「パッヘルベルのカノン」という曲、今回初めて聴かせて頂きました。
 どこか懐かしい、心和む曲ですね〜。
 時を追いかけ、時を懐かしむ・・“秋”の季節にふさわしい曲かも知れません。
 人はその時々、気持ちの有りようで(同じ音楽でも)違った音色に聞こえるものですから。
 また、お花畑で佇むお母様の写真、拝見する度に旅人さんの「優しい眼」と「愛情」が(周囲の花々の一本一本に)織り込まれていて、何とも言えず「幸せの風景」を醸し出していますね。
 それもこれも、お母様の人徳と、孝行息子の成せる技なのでしょうか?
 母親の私としては、大いに反省、同時に後ろめたいところです。(笑)
夢見る引きこもり☆
2009/09/27 11:18
 夢見る引きこもり☆さん、こんにちわ。

 残念ながら、
 僕は母の死をまだ受け入れることができません。
 だから母に対し、
 “お母さんありがとう”ということができないんです。
 そう言ってしまうということは、
 心の中に一区切りつけてしまうということのような気がして。

 花が大好きだった母の写真を、
 花といっしょに撮るというのは、
 僕の、母に対する、
 せいいっぱいの愛情表現でした。
 普段は、
 うまく愛情を表現することができなかったので。

 幸せな毎日をおくっていて、
 家族みなの心が満たされていれば、
 特別に愛情を表現する必要はないのだと思います。
 口には出さなくても、
 心は暗黙のうちに伝わりますから。

 旅人家はいろいろあったので、
 特に自分と母のあいだでは、
 互いに相手を思いやる気持ちが強かったのかもしれません。
旅人
2009/09/27 12:53

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