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<<   作成日時 : 2010/03/06 21:18   >>

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 交通違反で逮捕のニュースを耳にして、怒りがこみあげてきた。

画像

 昨年7月、第三京浜道路で目撃した事故現場。本ブログの記事とは直接関係ありません。

 和歌山県の会社員が交通違反で逮捕された。

 彼の氏名は報道で公表され、

 そのことで、彼の社会的生命は抹殺されたように思える。

 たかがスピード違反のために。


 報道によると、

 彼は大型オートバイを運転し、

 制限速度50キロの峠道を時速188キロで走ったそうだ。

 その走行の様子を、

 車載カメラで撮影し、

 動画をYou Tubeで公開していたのを、

 何者かに当局に通報され今回の逮捕となった。


 たしかに、188キロというのは本人もやり過ぎたとは思う。

 しかし、速度違反はあくまでも速度違反だ。

 通常の取り締まりで検挙された者と、

 同じ扱いでよいのではないのか。

 逮捕だとか、

 氏名の公表なんてありえるんだろうか?

 事故を起こしたわけでもなし、

 被害者がいるわけでもないのに。

 ただ、現行犯での検挙ではなく、

 こういった形であとから発覚した場合には、

 法律上このような扱いになってしまうのか、

 そのへんは自分にもよくわからない。


 自分の知識では、

 速度違反の違反速度の段階では、

 50キロオーバーが最高で、

 罰則は免許停止だ。

 50キロ以上はいくらオーバーしても同じで、

 それ以上に重い罰が科されることはない。

 それなのに、

 まるで重罪でも犯した極悪人のような扱いを受けるとは。


 これには、からくりがあるのかもしれない。

 すなわち、You Tubeには、

 この種の動画がたくさんUPされているのだ。

 そのため当局は、

 それら投稿者が二度とそのようなことをしないよう、

 また、以後これをまねる者が現れないよう、

 見せしめのために厳罰に処したのだと。


 だいたい、動画なんて、

 加工技術を駆使すれば、

 いくらでも速く走っているように見せかけられるみたいだ。

 だから、本当にそれほどのスピードだったのかどうかは実際のところわからない。

 最近タクシーなどに設置されるようになった、

 車載カメラの動画を、

 事故の際、裁判上の証拠として採用するか否かが議論されている現段階で、

 このような動画に、

 果たして証拠能力があるのだろうか?

 甚だ疑問だ。


 アメリカ合衆国におけるオートバイのイメージは、

 タトゥーやドラッグやセックスと重なり、

 アウトロー的な色彩が強いようだ。

 実際にも、そういう傾向がなきにしもあらずらしい。

 しかし、日本では事情が違う。

 日本のオートバイについての状況は、

 かつては、四輪に乗る前の、

 十代の若者たちの遊び道具だったのであり、

 現在は、中高年の余暇の楽しみになっている。

 すなわち、いたって健全な、

 スポーツやレジャーのアイテムとして存在しているのだ。

 それに、自分が10年以上前から主張してきて、

 最近になって、ようやく科学的に証明されたように、

 オートバイには人間の脳の血流をよくし、

 身体の機能を向上させるはたらきもある。

 あるカウンセラーなど、

 引きこもり等、心の病に苦しむ若者たちの治療に、

 オートバイを活用しているくらいだ。

 しかし、そんな日本でも、

 世間のオートバイを見る目は厳しい。

 “オートバイ=暴走族”という感覚の人間も少なくない。

 そんな風潮が、

 今回のような異常に厳しい措置の、

 背景になっているのではないだろうか。


 You Tubeの動画を見て通報した人間もどうかと思う。

 ネットの世界というのは、

 一面で、

 人間の暗部が匿名という強力なパワーを得て活性化し、

 悪意が充満している場所でもある。

 通報者の行為が善意から出たものなのかどうかは、

 判断しがたいところだ。


 警察も警察だ。

 事故でもなんでもない、

 たかだか一般人の交通違反くらいで、

 氏名まで公表する必要があったのだろうか。


 また、プロバイダも、

 当局の介入に対して、

 個人のプライバシーにかかわる情報を、

 安易に提供すべきではないと思う。

 児童ポルノとか、人権に関わる重大犯罪の情報でさえ、

 プライバシーの保護を理由に出し渋っているくせに、

 誰も被害者のいない単なる交通違反(の疑い)くらいで、

 大切なユーザー情報を差し出してしまうのは、

 いかがなものだろうか。


 多くの人たちは、

 この報道に接してもなんとも思わないだろう。

 むしろ、逮捕は当然だと考えるだろう。

 では、そういう人に聞きたい。

 “あなたはこれまで、

 制限速度を超えたスピードで走ったことがないのか”と。


 答えは、本当のところはノーだろう。

 たぶん、イエスと答えられる人など1人もいないと思う。

 ほんのひとにぎりの例外的な人々は別として。


 ところで、

 自分は、四輪にも二輪にも乗っている。

 四輪は、1000ccのニッサンマーチ。

 二輪は、250cc30馬力のカワサキNinja250R。

 どちらも非力だ。

 高速を走る時でも、

 自分は、時速100キロ以上出すことはない。

 しかし、実際にこのくらいの速度で走っていると、

 もっとスピードを出しているほかの車から、

 じゃま者扱いされてしまうのだ。


 1年ちょっと前に購入したオートバイ、Ninja250Rを慣らし運転している時、

 制限速度が時速80キロの第三京浜道路を、

 ちょうどその80キロで何度か走行したことがあるのだが、

 ずいぶんと恐い思いをしたものだった。

 二輪にしても四輪にしても、

 そんな速度で走っている車は他に1台もなかった。

 みんな、はるかに速いスピードで走っていた。

 法定速度を守っているとはいえ、

 全体の流れにのれないというのは、

 自分自身運転しにくいし、

 他の車にとっても、

 きっと目障りで迷惑な存在に違いない。

 逆に事故を誘発する危険性だってある。


 慣らしを終えた今は、

 高速道路を時速80〜100キロ程度で走っているが、

 この速度でもすでに違反状態なのにもかかわらず、

 他の車は、自分をどんどん追い抜いていく。

 おそらく全体としては、

 時速120キロくらいで流れているのではないか。

 なんと、40キロ以上オーバーだ。

 25キロ以上オーバーで一発免停だから、

 その時運転していた人たちは、

 みんないつ免停になってもおかしくない。

 しかし、こういうことが常態化しているにもかかわらず、

 自分はこの道路で速度違反で検挙される車を、

 この1年あまりで一度も見ていない。

 覆面パトカーがしょっちゅう走っているはずなのに。

 ここだけに限らず、

 横浜新道(制限速度70キロ)にしても、

 小田原厚木道路(制限速度70キロ)にしても、

 70キロ制限のところを120キロくらいで走るのが、

 当たり前のようになっている。

 法定速度に近いスピードで走っている自分は、

 足手まといのようで肩身が狭いし、

 後ろからあおられたり、

 イヤミっぽく、

 すぐそばを通って追い抜かれたりと、

 危ない思い、

 いやな思いの連続だ。

 かつて走り屋までやった自分だが、

 おかげで、高速道路を走るのが憂鬱になってしまった。


 このような実態を知りながら放置している当局、

 そして、こんな走り方をしている人たちが、

 果たして今回逮捕された人を、

 非難する資格などあるのだろうか?

 イエス・キリストは、

 売春の罪で石子詰めの刑に処せられようとしていたマグダラのマリアをかばい、

 こう言ったという。

 “まず、今まで1度も罪を犯した覚えのない者から石を投げよ”と。

 結局、誰も石を投げることができなかったそうだ。

 今回のケースもこれと同じこと。

 バレなければ、

 運よく捕まらなければ、

 それでよいというものじゃないんだ。

 ちょっとは想像力をはたらかせてみようよ。

 たまたま運の悪い人間を捕まえて、

 罰金を払わせて、

 講習を受けさせて・・・

 それだけでいいんだろうか?

 こんなのは、単なるスケープゴート作りであり、

 弱い者いじめと変わらないのではないか。

 違反して検挙された人間は、

 反省するどころか、

 自らの不運を嘆き、

 不公平な取り締まりに反発して、

 次からは捕まらないように、

 いろいろ工夫するだけだと思う。


 そもそも交通法規というのは、

 なんのために存在するのか。

 事故を防ぎ、

 人命を守り、

 多くの人の交通の安全に資するのが目的ではないのか。

 しかし、こんな取締りの仕方や、

 ドライバーやライダーたちのこのような意識のあり方で、

 そのようなことが可能なのだろうか?

 僕にはそうは思えない。


 交通法規の目的とするところを、

 本気で実現させたいのなら、

 当局は、もっと公平を期すべく、

 取締りを強化徹底するなり、

 もしそうした場合、

 経済活動などに支障をきたす恐れがあるのなら、

 交通法規そのものを、

 より実態に則したものに改めていくなりすべきだと思う。

 一個人を生贄(いけにえ)のようにして、

 表面的な体裁だけとりつくろっていても、

 違反や事故は減らないだろうし、

 人々の遵法意識だって、

 いっこうに高まらないだろう。


            *        *        *

 そう言えば、

 今日は自分にとって忘れられない日だった。

 自分もかつて、

 この逮捕された会社員のように、

 峠道を猛スピードで走っていた。

 そう、前述のように走り屋だったのだ。

 しかし、

 今からちょうど17年前の今日、

 1993年3月6日・土曜日 − くしくも、その日も今日と同じ土曜日だった!

 バイクショップの前でたまたま出会った、

 名も知らぬ、あるひとりの若い女性ライダーに、

 走り屋行為を厳しくたしなめられ、

 走り屋をやめる決心をしたのだった。

 彼女の、迫力ある捨て身の説得に圧倒され、

 どこの誰ともわからぬ自分のような者の命を、

 本気で心配してくれるその真心に打たれて。

 その時、自分は、

 走り屋行為が、

 いかにはた迷惑なものであるのかを教えられた。

 だから、それ以来、

 自分は峠道をスピード出して走るようなことはしていないし、

 これからもすることはないだろう。

 でも、ホンネを言えば・・・

 それゆえ、この会社員の気持ちもわからなくはないのだ。


 それにしても、

 このような日にこのような記事を書くということにも、

 いささか因縁めいたものを感じる。

画像

 女性ライダーの説得により、走り屋をやめてサーキットを走り始めた頃の旅人。富士スピードウエイからの帰り、足柄サービスエリア(上り)にて、1993年5月16日撮影。

 旅人に走り屋をやめさせることとなった、女性ライダーとのやりとりをブログに書いています。
 そのブログ「春風と天使(その1〜その4)」をご覧になりたい方は、下記をクリックしてください。


    「春風と天使(その1)」を読む
    「春風と天使(その2)」を読む
    「春風と天使(その3)」を読む←クライマックスです
    「春風と天使(その4)」を読む

            *        *        *

 ついでに、

 オートバイの関係業界や諸団体にも苦言を呈したい。

 日本の公道では、

 車両は、最高でも時速100キロまでしか出せないことになっている。

 それなのに、なぜ2足で100キロも出るような大型オートバイばかり作るのか。

 この、環境問題が重要視されている時代に、

 どうして排気量が1000ccを超えるリッターバイクばかり売り出すのか。

 自分の乗っているカワサキNinja250Rは、

 前述のように、排気量は250ccで、馬力は30馬力しかない。

 それでも、100キロ制限の道路なら余裕で走れる。

 なんで、250ccオートバイの販売に、

 力を入れようとしないのか。

 現にこのNinja250Rは、

 日本国内において大変な人気で、

 メーカーのカワサキにとってはドル箱的存在だという。

 これは、250ccオートバイの人気が、

 現在の日本においても、

 いかに根強いものであるかを示す以外のなにものでもない。

 にもかかわらず、

 国内の各メーカーは、

 相次いで250ccオートバイの開発終了や、

 生産終了を表明している。

 また、モトGPでも、

 これまであった250ccクラスを廃止して、

 600ccに変更してしまった。

 自分は250ccにしか乗ったことがないのだが、

 250ccのオートバイは、

 排気量が少ない分環境によいし、

 お金のかかる車検もないし、

 おまけに高速にも乗れるしで、

 何倍もお得なオートバイなのだ。

 しかも、日本の公道なら十分にそのスポーツ性を楽しむことができる。

 まったく文句のつけようがない。


 メーカーや関係団体は、

 二輪の将来を見据えながら、

 もっとまともな判断を下して欲しい。

 250ccオートバイのよさを大いにアピールし、

 昔のように、多種多様な車種を数多く生産して欲しい。

 そうじゃないと、

 近いうちに、

 日本からオートバイが消えるぞ!!

 それでなくとも、

 国内の二輪の生産台数が、

 28年前の全盛期にくらべて、

 1割ほどになってしまっているのに。



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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
通報した人は権力に従うのが好きか、こういう行為の果てに犠牲になったことがある人かもしれないですね(´・ω・`)
後者でしたら、どっちもどっちです。

法律で、犯罪を助長する行為は…って、あるのですかね( ;´・ω・`)
もし、法律にない、見せしめの逮捕でしたら、この国はそういう国ということです(´;ω;`)

企業の実態については、あまり企業を責めようとは思いませんヽ(`・ω・´)ノ
なぜなら、今の実態を作りだしたのは私たちユーザーなのですから(´・ω・`)
四大企業の祖は確かに日本ですが、今や多国籍企業です。
世界を見た企業が、今の日本をどう見ているのでしょうか。
企業は人ではないのです。
情けはありません。

嘆くのではなく行動しなければなりません。
民主主義なんですから(`・ω・´)シャキーン
白玉ネコ
URL
2010/03/07 23:24
コメント失礼します。
今回の件はたかがスピード違反で片付けられる問題ではないでしょう。
あなたもよく走るであろう玉堤通りを200km/h近い
スピードで走ることを想像してほしい。
私はとても反社会的な行為だと思うよ。

統計を見ると交通事故は平成16年の約95万件を
ピークに減ってきている(出典:総務省統計)。
尊法意識はともかく交通事故は減少傾向なのだが・・
Motorradfahrer
2010/03/08 00:06
旅人さん、今日は〜♪
私は、車もバイクも乗れないので、交通規則のことはよく知りません.。o○
でも、、、
制限速度を188キロと聞くと、やはり、走る凶器としか思えないので、この場合は、悪質極まりないことかと思います。

多くの交通事故は、何の落ち度もない人々をも事故に巻き込むケースがあるからです。

ここまで言うと、当たり前の常識的なコメントになってしまいますが・・・

過去に、主人が経営していた会社の運転手が、夕方の第三京浜で無理な追越をかけられて、事故を起こしてしまいました。
中央分離帯を乗り越して、サイコロのように反対車線に転がって入ってしまったというのです。
その時、運転手はかすり傷一つもつかず、助手席の新婚間もない男性が振り落とされてしまったのです。
シートベルトが今ほどうるさく言われていない頃のことでした。
結果、即死・・・
事故直後に、妊娠中の妻には流産という悲しい運命が待っていました。

当時、会社の事務をとっていた私は、事故の電話を取って悲惨な出来事を知りましたが、あの電話のことは一生忘れられないと思います。
幸いなことに、車の中に置いてあった発炎筒が転げ落ちて、煙を吐いたために、反対車線の車が一斉に止まったという〜〜〜

それからがお葬式や亡くなった社員や家族との保障が大変でした。
当時、銀行からの借り入れを予定していたので、その金額が全て保証金となって消えました。

そんなことを思い出すと、最低でも、スピードは制限速度を大きく超えることは、走る凶器としか思えないのです。

その後、私は車の免許をとることを忘れました。
余計なお世話かもしれませんが、いつも、旅人さんのことが気がかりです。

へんなコメントになってしまいましたね。
「ゴメン.。o○」
つんちゃん
2010/03/09 13:10
追伸です。
追い越しをかけていた車は、そのまま逃げ去りましたので、責任の所在が明らかになりませんでした。

でも、こちらもスピードを出していたようです。
つんちゃん
2010/03/09 13:14
ウカウカして遊びに来てなくてスミマセンでした(^人^)


乗ったことも無い人に

「危ないからやめて良かったね」

って言われると
キレそーになるんですけど
どーすればイイでしょう(笑)?


よっち
2010/03/09 16:00
 白玉ネコさん、こんばんわ。

 おっしゃるとおりだと思います。

1.常に問題意識を持つこと。
2.疑問に思うことがあれば質問し、また、自らの考えを積極的に表明すること。
3.しなければならないことが見つかったら、ただちに行動を起こすこと。

 これらは民主主義を支えるうえで重要な、人としての基本的な意識のあり方だと思います。
 もっとも自分の場合は、1と2くらいしかできていませんが。 (;´▽`A

 国家や企業には、それぞれの思惑や戦略というものがあるので、
 国民あるいはユーザーあるいは消費者は、
 そのようなものに踊らされないように、

*広く情報を収集し、
*判断力を養って、
*的確に行動して、

 いかなければならないのだと思います。
 (`・ω・´)シャキーン

 なぜ、この国にだけ車検という制度があるのか?
 なぜ、この国にだけ大型二輪や中型二輪といった区分があるのか?
 なぜ、この国の高速道路は有料で、しかも料金が高いのか?
 etc←料金収受システムじゃないよ。(笑)
旅人
2010/03/09 21:43
Motorradfahrerさん、こんばんわ。

 コメントありがとうございます。
 率直なご意見をいただいてうれしいです。

 多摩堤通りは市街地の交通量の多い通りなので、山道とは条件が異なると思います。
 交通法規には、生活道路が速度無制限になっているなど、不備な点もあります。
 自分としては、こちらの方がよっぽど危険だと思います。

 いずれにしても、本件については、免停と罰金という通常通りの罰則が適用されるものと思われます。
 免許所持者ならそのほとんどが経験済みの処罰方式でです。
 事故を起こしたわけでもなんでもないのですから。

 しかし、それにしても、
 氏名の公表は本人にとって、単なる交通違反にしては、与えるダメージが大き過ぎるとは思われませんか?
 想像してみてください。
 マスコミで、さも極悪犯のように氏名を公表された人物やその家族に、今後いかなる追加制裁(リンチ)が待っているかを。
 国によっては、その追加制裁を避けるために、犯罪人の個人情報を一切公表しないところさえあるのです。

 言い訳にはなりませんが、彼がしたようなことは、二輪、四輪を問わず、多くの人がやっていることなのです。
 似たようなことを。
旅人
2010/03/09 22:02
携帯からです。
現在、断続的にパソコンからのコメントがしづらい状態になっています。
返信等遅れて、ご迷惑をおかけしますが、ブログの会社に問い合わせていますので、もうしばらくお待ちください。
旅人
2010/03/09 22:46
 つんちゃん、こんばんわ。

 車を運転されないと、交通の実態はおわかりにならないと思います。
 早く言えば、走っている車のほぼすべてが違反車なのです。
 自分は、一般道を走る際は車の流れに乗って走ってます。
 しかし、運転教習車などは速度制限を厳守しているため、この流れに乗れず、一般車の嫌われ者状態です。
 高速走行時は、自分は、制限速度に近いスピードで走っていますが、
 そのため、後から来る車に次ぎ次ぎと追い越されて、肩身の狭い思いをしています。
 後続ドライバーの舌打ちが聞こえてくるような感じがするのです。

 今回逮捕された方は、人も車も少ない山道を走っていたわけで、モラルの面ではそのへんも考慮されていいのではないかと思っています。

 問題なのは、
 オーバーした速度がどれくらいかということではなく、
 違反が常態化した現状です。
 それに、メーカーは、普通に運転していてはストレスがたまってしまうような、パワーのあり過ぎるバイクを主力商品にしようとしています。
 また、事故が多い大型トラックや大型バスにしても、
 その背景には、過酷な労働条件による極度の疲労が潜んでいたりするのです。

 事故に遭われた方は本当にお気の毒だと思います。
 しかし、今のままの状態では誰にとっても明日は我身です。
 現状のままでは、これからも悲劇は繰り返されるでしょう。
 一方、違反した人間については、法に基づき“適正な”処罰がなされるべきです。
 それは当然のことです。
 ただ、いくら個人を責めても、山積みの課題を放置していては事態はいっこうに改善されません。
 事故を防ぐには、表面的な取り繕いではなく抜本的な対策が必要なのです。
旅人
2010/03/09 23:20
 よっちさん、こんばんわ。

 人間は、基本的に自分の想像力のはたらく範囲でしかものを考えられません。
 だから、自分が経験したことのないものについては、つい先入観や偏見で判断してしまうのです。
 昔からよく見られる、“オートバイ=暴走族”という恒等式(←いまだに健在)はまさにその典型です。

 自分は常々、オートバイに関する誤解を正したいという思いでブログを書き、また、日頃そのような言動をとっているのですが、人が一度思いこんだことを改めさせることのむずかしさを痛感しています。

 知りもしないことを、まるでよくわかっているかのように断じる人については、気の毒に思って、ほおっておくしかないと思います。
 宇宙人でも相手にしているみたいに。
 こっちが怒っても相手はその理由が理解できないので、不快な思いをするだけ損です。

 て・・・


 自分が一番カリカリするタイプなんですけどね。(笑)
旅人
2010/03/09 23:42
 旅人さん、コンニチワ!
 今回の記事は、オバサンには難しすぎるので、コメントは控えさせて頂きますね。(笑)
 同じ一つの問題でも、捉え方や角度が違うと、まったく別の価値観を生じてしまうものなのですね〜。
 何事も十人十色。色々な人がいれば、色々な考え方もあるということなのでしょう。
 それにしても、一つひとつのコメントに(逃げることなく)真摯に対応されている旅人さんの誠意には、他人事ながら感心しちゃいます。(笑)
 だって並々ならぬ「エネルギー」を要しますものね。
   頑張って!
夢子
2010/03/10 08:54
 夢子さん、こんばんわ。

 僕は、高速道路で車を運転している時、おおっぴらに違反が行われていることにいつも憤りを感じています。
 道路では不正が常態化しています。

 でも、不正の横行は交通だけに限りません。
 大企業の雪印食品は、不正を行って倒産しましたが、不正を行っているのは雪印食品だけではないのです。
 実際、社会には不正が蔓延しています。

 一方、組織の不正は内部告発によらなければ、ほとんどが発覚しないのですが、前述の雪印食品を告発した人は、業界から村八分にされ窮地に陥りました。
 国は国で、内部告発をできなくするような法律をつくって、暗にそれを抑制しています。
 国も企業もこぞって不正です。

 これが現状です!!
 物事には必ず裏があり、
 表に出ているのは氷山の一角に過ぎません。
 このように偽善、欺瞞が渦巻く中で、
 人は身勝手になり、
 自分には優しいが、他人にはとても厳しいです。
 今回のような事件に対する世間の反応にも、それをひしひしと感じました。

 ところで、僕には生きていくうえで大切に思っていることがあります。
 それは、フェアニス(公正)ということです。
旅人
2010/03/10 21:15
ドイツ人が言っていた、速度取締り、車検、免許更新、全て警察の天下りと時代遅れの閉鎖的組織存続の為に日本人は犠牲になっている。
自由主義国と先進国とは思えない、自動車偏見社会だそうだ。
最近、つくづくそう思う。
にゃにゃ
2010/10/21 19:08
にゃにゃさん、こんばんわ。

おっしゃるとおりだと思います。
真の意味での先進国の人たちから見れば、日本の官僚的な国家体制や国民軽視の行政は異様に感じられるでしょう。

日本という国は、伝統的に国民を管理しようとする傾向があります。
また、日本人も権力に従順です。
そのような国では、官僚たちは自分たちのための行政を行なおうとします。
そのため、交通行政や自動車関連の法制なども、彼らに都合のよいようになされてしまうのです。
たとえばオートバイのスリ抜け禁止など、このところの、当局のオートバイに対する厳しい措置にも、そういった政治風土が遠因として影響しているものと思われます。
続く
旅人
2010/10/22 00:48
四輪自動車のことはよくわかりませんが、オートバイに関して言えば、いまや国家の締め付けにより窒息寸前の状態です。
このままいけば、日本からオートバイが消える日もそう遠くはないでしょう。
僕は、オートバイは実用的な乗り物ではないにしても、スポーツのアイテムとして人間の可能性を切り開いてくれるものだと思っています。
すなわち、遊びと冒険のための乗り物として、人間の精神的な成長に役立つものだと思っているのです。
そして、これはひとつの文化なんです。
モータリゼーションを含む、遊びや冒険の世界は文化なんです!
その証拠に、非実用的な意味でオートバイが活躍しているのは、文化が発達した先進国だけです。
経済的に貧しかったり、文化が未発達だったり、また、教育が普及していない国の国民は冒険をしません。
それらの人たちは、物質的にも精神的にもそんな余裕がないんです。

日本は経済的には先進国です。
しかし、日本の政府は国民を管理し、その自立心や自発性を抑制し、常に遊び心や冒険心を排除しようとしています。
これは文化国家のやることではありません。
つまり、日本は文化国家とは言えないのです。
続く
旅人
2010/10/22 01:06
僕は一ライダーブロガーとして、今までこういった権力による理不尽な締め付けや、メーカーの無策を批判し警告を発してきました。
でも、被害者的立場にあるはずのライダーたちからの反応はイマイチでした。
羊のように従順な国民性は、そう簡単には変わらないようです。
僕は絶望してしまいました。
そして、あきらめました。
能力も人並み以下で、文才もない自分ですが、これまでせいいっぱいやってきました。
オートバイの危機を訴え、できるかぎりのことをしてきました。
だから、悔いはありません。

一見クールなにゃにゃさんのコメント。
しかし、そのかげに、にゃにゃさんの熱い思いを感じました。
うれしかったです。^^
旅人
2010/10/29 02:45

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