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zoom RSS 今度は腰をやられた〜この世とは・・・

<<   作成日時 : 2012/05/13 14:20   >>

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災難は切れ間なく襲いかかってくる。この世の基本原理がなんなのか、なんとなくわかったような気がした。


草とりをしていたら、

腰の左側に痛みが走った。

それでもガマンしながら続けて、

一応目標にしていた、

庭の北側部分の8割をきれいにした。


草とりというか、

オレがしてるのは、

厳密に言うと“草抜き”だ。

草刈りでは意味がない。

根っこから抜かないと、

10日で元通りになってしまうから。


でも、それが大変。

草の中には、

根っこから抜かれないように、

茎が非常にもろくできていて、

すぐにちぎれてしまうものや、

ゴボウのように根の深いものがあったりする。

このような草はとてもやっかいで、

ちぎれないように用心しながら抜いたり、

渾身(こんしん)の力を込めて抜いたりしなければならない。

これがけっこうストレスになるのだ。


また、地面に貼り付くように生えてる、

丈の低い草を抜くのもやっかいだ。

以前にも書いたが、

オレは腰痛持ちなので、

しゃがむのは厳禁だからだ。

立ったまま腰を曲げた状態で抜かなければならない。

この種の草は一面に数多く生えるので、

長い間腰を曲げていられないオレは、

ちょっと抜いては腰を伸ばす”という、

非効率で時間のかかる作業を長時間強いられることになる。

根気のないオレにとって、

これがまた精神的肉体的に負担になるのだ。


以上のように、

腰の悪いオレは、

草をとる時に、

いろんな意味で慎重に作業しなければならないのだが、

何分、慣れない肉体労働なので、

疲れから集中力が途切れがちになり、

往々にして動作が雑になってしまう。

そして、そうなると、

この日のように腰をひねってしまうのだ。


痛みは時間がたつにつれて増してきた。

左の腰骨の下あたりを強くつかまれたような疼痛(とうつう)。

その部分に力が加わると飛び上がるほど痛い。

特に座った状態から立ち上がる時や、

寝た姿勢から起き上がる時は、

ナイフで切り裂かれるような、

鋭い痛みが走る。

でも、

今回は原因もはっきりしてるし、

数日で治るだろうと思ったので、

痛み止めも飲まず、

医者にも行かないことにした。


その夜フトンに入ると、

痛くて身体の向きを変えることもできなかった。

腰の痛みは朝起きる時頂点に達するので、

起きる時のことを考え不安に思っていると、

数年前に起きたあることを思い出した。

おふくろ(2008年8月逝去)の腰の状態が一段と悪化した、

亡くなる前年の年末のある日のことを。


その日、

2階で寝ていたオレは、

階下で寝ているおふくろが、

オレの名を呼んだような気がして目を覚ました。


あわてて降りていくと、

寒い冬の真夜中にパジャマ1枚で、

おふくろがベッドとふすまのあいだに座り込んでいるのが見えた。

おふくろは、


痛いんだよ〜

と言いながら泣いていた。


深夜、トイレに行こうとして、

なんとかベッドから這い降りたのはよかったのだが、

あまりの痛さに歩けず、

かといってベッドに戻ることもできずに、

難渋していたのだ。


その光景を見たオレは途方にくれた。

おふくろの苦しみを察すると、

絶望的な気持ちになった。


しかし、

おふくろをそのままにはしておけない。

この寒い中、パジャマ1枚でいたら凍えてしまう。


オレは心を鬼にして、

痛い痛いと叫ぶおふくろを、

抱えるようにしてベッドに戻し、

フトンをかけてあげた。

そのあとトイレの方はどうなったのか覚えていない。


フラッシュバックしてよみがえってきた、

胸が張り裂けるようなシーン。

フトンの中で、

オレは絶望の発作に襲われ、

身も心も凍えた。



朝は予想どおりだった。

まさに地獄。

顔をしかめ、歯をくいしばって、

激痛に耐えながら、

なんとかベッドから降りた。

歩けないことはなかったが、

痛みは日中も続いた。

そして、その状態は、

数日たった今でも続いている。

痛みの強さにほとんど変化はない。

これって、長引くのかな。


困ったなあ。

これじゃ当分草とりができない。

5月が勝負だというのに。

なぜ5月かというと、

梅雨時は雨ばかりで草とりがなかなかできないし、

真夏になると酷暑と蚊の襲来ではかどらないから。


ツーリングにも行けない。

ゴールデンウイーク中は混むからと敬遠して、

休み明けから伊豆の白浜に行くつもりだったのに。


それと、

ツーリングが終わったら行こうと思っていた、

春のお墓参り(今年もまだ行ってない)にも、

当分行けそうにない。


なんて不運な・・・ ( ´д ` )


ということもないけどね。

このくらいオレにとっては普通だよ。

いつものことだ。

慣れてる。


ただ、

ほかにも悪いことがめじろおしなのがつらい。

いいことがまったくないのがこたえる。

オレのことを、

気にかけてくれる人や、

味方になってくれる人がひとりもいないのがさびしい。

            *        *        *

かつてオレがブログで交流していた方の中に、

“ビオラ”という女性がいた。

その交流のさなか、

彼女はCRPS(反射性交感神経ジストロフィー)という、

原因不明で治療法もない難病にかかっていると医師から告げられ、

それをブログで告白した。

気丈な彼女は悲しみを乗り越え、

まだ国によって難病指定されていないその病気を、

難病に指定してもらうための署名活動に加わった。

そして、それに、

僕と、僕が当時ブログで交流していた、

看護師さんでライダーでもある月子さんが協力した。

月子さんは自らの職場でも署名を集めてくれた。


そのビオラさんのブログに、

若い女性看護師のMさんが、

たびたびコメントを寄せていた。

彼女は確か23才くらいだったんじゃないかと思う。


Mさんもビオラさんと同様CRPSの患者だった。

ただ、Mさんの場合病気がかなり進行していて、

すでに車椅子生活を余儀なくされていた。

彼女は“車椅子の看護師さん”として有名になり、

テレビで、

その生きざまを描いたドキュメンタリー番組まで制作放映された。

画面に映る彼女の姿は、

難病と闘う車椅子の看護師”として、

多くの人たちに勇気と希望を与えたに違いない。


ビオラさんのブログに寄せられるMさんのコメントは、

思いやりにあふれ、

また、自身の歩むべき方向をしっかりと見すえた、

とても力強いものだった。


しかしながら・・・


数ヵ月後、

ビオラさんのブログで、

そのMさんの訃報が報じられた。

死因は自殺だった。

ショックを受けた。

救いようがない事態のような気がした。


でも、

個人的に親しく、

同じ病を患うビオラさんにとっては、

オレなんかとは比較にならないほどの衝撃だったはずだ。

きっと、言葉にできないほどの、

深い悲しみに襲われたに違いない。


ところがである、

ビオラさんは悲しみを表に現さなかった。

事実を冷静に、

かつ厳粛に受け止めているようだった。


オレは思った、

これが極限の悲しみや苦しみと闘っている人の、

真の強さ、

そして優しさなんだと。

ビオラさんは自分の動揺を露(あら)わにすることで、

読者に心配をかけたくなかったのだ。

自分の思いをさらけ出すより、

他者への影響を懸念し、

他者の気持ちの安寧(あんねい)を優先させる


彼女は常にそういうスタンスだった。

愚痴や泣き言ばかり並べるオレとは真反対。


ビオラさんのこうした姿勢に、


“試練こそが人を真に偉大にする”


ことをあらためて納得させられたのだった。


Mさんの自殺の理由は知るよしもないが、

オレなりに推察すると、


将来に光の見えない状況で、

これ以上自らも苦しみ、

また、

ひとにも迷惑(本人はそう思ったに違いない)をかけることに、

耐えられなかったんじゃないのかな。



そんなふうに思えてならない。


最後に言いたい。

オレはMさんが負けたとは思わない。

彼女は立派に生き、

勇敢に戦い、

そして、自らの意志で、

きっちりと人生の幕引きをした。

彼女は高潔なるヒロインだ。



*CRPS(反射性交感神経ジストロフィー)について

ビオラさんのブログより

CRPSは進行性の病気で、その進行のスピードは速い。激痛とともに、皮膚硬直・骨の委縮が起こり、普通に進行すれば半年後には車椅子、一年後には寝たきりになる可能性がある。激しい痛みを伴うにもかかわらず、現在のところ痛みをとる有効な方法がない。足を切断しても、なお痛みに苦しむ人が多い。痛みに耐えられず、自殺する人もいる。

            *        *        *

今、面白おかしく過ごしている人たちにも、

やがては試練の時がやってくる。

しかし、それまでは、

自分らしく、

自由にのびのびと生きるがいい。

人生を大いに楽しむがいい。

しかし、試練が訪れたなら、

逃げずに向かい合わなければならない。

それはある意味チャンスなのだから。

人間として大きく成長するための。




なんか偉そうな話になってきたな。

こんなつもりじゃなかったのに。

単に愚痴りたいだけだったのに。 (;´▽`A


今回、

記事を書き終えて思ったんだけど、

この世の基本原理って、

“残酷”ということなんじゃないかな。

そして、その基本原理に反するものこそ、

“美”なのだと。


それにしても、

言葉って、

重い事実を伝えようとすればするほど、

軽くなるね。

どんどん矮小化(わいしょうか)し、

ますますうすっぺらになる。

シリアスな悲劇を書こうと思っていても、

いつのまにか軽薄な喜劇に変わってしまう。


            *        *        *

今日は母の日。

おふくろが生きていた頃には、

毎年必ず鉢植えの花をプレゼントしたものだった。



母の日に、

オレがプレゼントしたクレマチス。

おふくろが地植えにしたら、

見事な花を咲かせてくれた。


画像

       クレマチス。2008年5月撮影。


ありし日のおふくろ(西湖畔にて)

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旅人家の玄関前に置かれたカエル。

家族が無事に帰る(カエル)ようにとの思いを込めて、

生前におふくろが置いたもの。


画像


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       親子









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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
もしよければ私の2009年3月22日の腰痛予防ブログでも覗いてみてください。
http://hitotsunoishi.at.webry.info/200903/article_5.html
一つの石
2012/05/13 22:27
一つの石さん、こんばんわ。

ブログ、さっそく読ませていただきました。
おかげさまで、すべて納得できることばかりで、大変参考になりました。
一つの石さんの骨盤矯正方法を、ぜひ試してみたいと思っています。
ご親切に教えていただきありがとうございました。
旅人
2012/05/14 01:34

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