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zoom RSS わが半生(文学編)

<<   作成日時 : 2013/04/01 19:00   >>

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旅人の苦闘。


僕は、

普通の人が持って生まれてくるようなものを、

ほとんど持たずに生まれてきた。

それどころか、

いろんなものを差し引かれて、

ハンディーまみれの状態で、

この世に生を受けた。


そのうえ、

生まれてからも不運の連続だった。


生まれつき扁桃腺が大きく、

幼少の頃は、

風邪をひいてしょっちゅう高熱を出していた。

それは、

小学2年生で扁桃腺除去手術を受けるまで続いた。

悪いことに、

この扁桃腺に関することでは、

思わぬ副産物が生じてしまった。

幼少時に、

若くて美しい女医さんから、

再三にわたって受けたとてもつらい治療のせいで、

僕の心の奥底に、

女性に対する恐怖心が芽生えてしまったのだ。

そしてこの恐怖心には、

今にいたるまで、

その後の人生において、

ずっと苦しめられることになる。


やはり幼児の頃、

近所の子とチャンバラごっこをやっていて、

右手の甲を木刀で思いきりたたかれ、

1週間くらいしびれがとれなかった。

間違いなく骨折していたと思う。

僕の右手には書痙(しょけい)のような症状があって、

字を書こうとすると手がこわばってしまうのだが、

それはその時の後遺症かもしれない。

(現在は左手で字を書いている)


幼稚園の頃には、

オートバイに轢かれて頭を打った。

もしかしたら、

今もその後遺症をひきずっているかもしれない。


小学校の2年生の時には、

洪水でフタが外れたマンホールに落ち、

危うく溺れそうになった。

その時たまたま家に遊びに来ていた、

当時小学6年生だったいとこに助けられなければ、

享年8才

ということになっていただろう。


ちなみに、

後年になって、

母が語ったところによると、

幼い頃、

僕があまりに身体が弱かったので、

無事に育つか心配だったそうだ。


以上、自分の身にふりかかった災難を、

いくつか挙げてきたが、

これらはほんの一例で、

実際には、

ブログに書けないようなものも含めて、

数えきれないほどの、

多くの災難に、

今日にいたるまで見舞われてきた。


というわけで、

このように人生がはじまった当初から、

多くの苦しみを味わってきた僕は、

十代にしてすでに、

自らの人生を客観的に観て、

いろいろ思いをめぐらす習慣を、

身につけるようになっていた。


自分はなぜこんなにひどいめに遭うんだろう

どうしてこんなに運が悪いんだろう

こんな人生に何か意味があるんだろうか?



などと、

常々考えるようになっていた。


そして、

そのようにいろいろ考えるうちに、


この世は

人間の意志や努力ではどうにもならない

“定め”のようなものによって

支配されている



と感じるようになったのだ。

これは一種の諦めの境地だった。


ところがである、

このような諦めの境地になったことから、

逆に、

僕の心の中に、

次々と新たな疑問がわいてきたり、

自分をさいなむ何者かへの、

反発心が芽生えてくるようになったのだ。


自分はなぜこんなに不運なの?

人生に意味などあるの?



という疑問から、


そもそも、

人間てなんなの?

この世界はどうなってるの?

いったいなにが正しくて、なにが間違ってるの?

なにが美しくて、なにが醜いの?

真実はどこにあるの?



という方向に考えが発展していった。

そして、


一度きりの人生、

やられっぱなしで死んでいくのは、

あまりにも悔しい。

どうせなら、

これらの疑問の答えを見つけ出して、

この世の秘密をあばいてやろう。



そう思うにいたったのだ。

すなわち、


この世界の真実を知り

この世でもっとも美しいものを見てやろう



と。


そんななか、

22才の頃、

偶然1冊の本に出会った。

ドイツの文豪ゲーテの「ファウスト」だ。


この「ファウスト」の話のすじは、

およそ次のようなもの。



舞台は中世のドイツ。

高齢のファウスト博士は、

ある時悪魔メフィストーフェレスと取引して、

死後魂を悪魔に差し出すことを条件に、

若い肉体を手に入れる(若返る)。

それによって、

もちまえの経験豊富で博識な頭脳に、

強健な肉体まで獲得した彼は、

中世のドイツや、

古代ギリシア世界を巡り歩き、

さまざまな体験をする。

そして、

それらの経験により英知を身につけた彼は、

人類の進歩と幸福に寄与すべく、

多大な犠牲をはらいながらも、

偉大な事業を成し遂げるのだ。


そうして年月を重ね、

再び年老いた彼は、

その最後において、

かつて自らが犯した過ちにより、

狂気と死に追いやったマルガレーテに導かれて、

天に昇ってゆく。

悪魔の待つ地獄ではなく、

栄光の天国に。

古代ギリシア世界であいまみえた、

絶世の美女ヘレネーにではなく、

素朴で純真な少女マルガレーテに導かれて。




長くなるので、

この物語が何を意味するのかについては言及しない。

しかし、

僕はこの作品を読むことによって、

初めて、

文学の何たるかを理解することができた。

すなわち、

文学というものは、

人間性を高め、

文化の発展に貢献するものなのだということを。

また、この作品は、

僕をして、

古代ギリシア文化の、

美しさ、崇高さ、偉大さに目覚めさせてくれた。



それからというもの、

僕は古代ギリシア文学を中心に、

ヨーロッパの古典文学を読みあさった。

次にその主なものを挙げてみる。



★ホメーロス(紀元前800年頃、ギリシア)
  「イーリアス」呉 茂一訳
  「オデュッセイアー」呉 茂一訳

★ヘーシオドス(紀元前700年頃、ギリシア)
  「仕事と日」松平千秋訳(岩波文庫)

★サッフォー(紀元前600年頃、ギリシア)
  「花冠(呉 茂一譯詩集)」呉 茂一訳(紀伊國屋書店)
  「ギリシア・ローマ抒情詩選」呉 茂一訳(岩波文庫)
  「ギリシア抒情詩選」呉 茂一訳(岩波文庫)

★ヘーロドトス(紀元前5世紀、ギリシア)
  「歴史」松平千秋訳(岩波文庫)

★アイスキュロス(紀元前5世紀、ギリシア)
  「テーバイ攻めの七将」高津春繁訳(岩波文庫)
  「縛られたプロメーテウス」呉 茂一訳(岩波文庫)

★ソフォクレース(紀元前5世紀、ギリシア)
  「オイディプス王」藤沢令夫訳(岩波文庫)
  「アンティゴネー」呉 茂一訳(岩波文庫)

★エウリーピデース(紀元前5世紀、ギリシア)
  「ヒッポリュトス」松平千秋訳(岩波文庫)
  「バッコスの信女」松平千秋訳(人文書院)
  「トロイアの女」松平千秋訳(人文書院)

★トゥーキュディデース(紀元前5世紀、ギリシア)
  「戦史」久保正彰訳(岩波文庫)

★アリストファネース(紀元前5世紀、ギリシア)
  「」呉 茂一訳
  「」高津春繁訳
  「アカルナイの人々」村川堅太郎訳
  「平和」高津春繁訳
  「」高津春繁訳
  「女だけの祭」呉 茂一訳
  以上すべて岩波文庫

★クセノフォーン(紀元前5世紀、ギリシア)
  「ソークラテースの思い出」佐々木 理訳(岩波文庫)
  「アナバシス」松平千秋訳(筑摩書房)

★プラトーン(紀元前4世紀、ギリシア)
  「ソクラテスの弁明」山本光雄訳(角川文庫)
  「国家」山本光雄訳(河出書房新社)

★ガイウス・ユーリウス・カエサル(紀元前1世紀、ローマ)
  「ガリア戦記」近山金次訳(岩波文庫)

★プルータルコス(紀元1世紀、ギリシア)
  「プルターク英雄伝」河野与一訳(岩波文庫)

★ダンテ・アリギエーリ(1265〜1321年、イタリア)
  「神曲」平川祐弘訳(河出書房)
  「新生」山川丙三郎訳(岩波文庫)

★ジォヴァンニ・ボッカチオ(1313〜1375年、イタリア)
  「デカメロン」野上素一訳(岩波文庫)

★エラスムス(1466〜1536年、オランダ)
  「痴愚神礼讃」渡辺一夫訳(岩波文庫)

★トマス・モア(1478〜1535年、イギリス)
  「ユートピア」平井正穂訳(岩波文庫)

★フランソワ・ラブレー(1483頃〜1553年、フランス)
  「ガルガンチュワ物語
  「パンタグリュエル物語
  ともに渡辺一夫訳(岩波文庫)

★シェークスピア
  「ハムレット」三神 勲訳(河出書房世界文学全集)

★セルバンテス
  「ドン・キホーテ(正編)」永田寛定訳(岩波文庫)

★モリエール
  「女房学校」辰野 隆・鈴木力衛訳(岩波文庫)
  「病は気から」鈴木力衛訳(河出書房世界文学全集)

★ジョナサン・スウィフト
  「書物戦争」深町弘三訳(岩波文庫)

★ゲーテ
  「ファウスト」相良守峯訳(岩波文庫)

★フリードリヒ・シラー
  「メアリ・スチュアート」岩淵達治訳(白水社)
  「オルレアンの乙女」石川 實訳(白水社)

★パーシー・ビッシュ・シェリー
  「シェリー詩集」上田和夫訳(弥生書房、世界の詩49)

★ジョージ・ゴードン・バイロン
  「バイロン詩集」小川和夫訳(角川文庫)

★ジョン・キーツ
  「キーツ全詩集2」出口保夫訳(白凰社)

★ハインリヒ・ハイネ
  「新詩集」番匠谷 英一訳(岩波文庫)



ここに挙げた作家や作品は、

僕が特に気に入っているものであり、

読んだもののほんの一部に過ぎないが、

だいたいこんなような作品を読んだのである。

画像


画像


ところで、

これらはすべて日本語に翻訳されたものなので、

日本語が読める者なら、

誰でも読むことだけはできる。

しかしながら、

読んでもチンプンカンプンで、

中味がまるで理解できてないのなら、

それはまったく意味のないことだ。

そのような状態なのなら、

常識的に言っても、

読んだとは言い難い。

“読んだ”

という言葉の裏には、

おのずと、

“自分なりに理解できた”

という意味が含まれていなければならない。

もちろん、

僕が読んだという場合も、

そのような意味で読んだと言っているのだ。


ただ、

時空を超えて読み継がれる世界最高峰の作品を、

読んで理解するとなると、

それは容易な作業ではない。

なにしろ古典文学というのものには、

現代文学と違い、

読者へのサービスや配慮など、

いっさいないのだから。

ましてや自分のように、

生まれつき頭の回転の鈍い者にとっては、

なおさらに大変な作業なのだ。

でも、理解できなければ読んでないのと同じだ。

僕は必死だった。

絶対に理解してやるという悲壮な覚悟のもとに、

命がけで読書に取り組んだ。

なにしろ、

このような方法で、

この世界の真実を知り

この世でもっとも美しいものを見る


ということができなければ、

生まれつきハンディーだらけで、

もともと何の能も取り柄もない僕のような人間は、

そのままでは、

この世界において、

存在価値ゼロの、

ただのやっかいものになってしまうのだから。


僕は自らの全存在をかけて

膨大な注釈を読みながらでないと理解できない

難解な古典文学と格闘しなければならなかった



当然のことながら、

大昔の人の文章を解読する作業は、

困難をきわめた。

1行1行が難問だった。

それでも粘り強く読み進めていった。

もし、読んでいて理解できない個所にぶつかったら、

それより先へは進まず、

理解できるまでそこに留まった。

そして、朝から晩まで、

1日中そのことばかりを考えた。

もはや僕にとっての読書は、

趣味や娯楽などではなく、

一種の修行となっていた。

ただ、幸いなことに、

生まれついて多くの困難に遭遇し、

そのたびに悩み苦しみ、

自然の摂理やこの世の不条理について、

思いをめぐらせてきた僕は、

そのおかげで、

それなりに想像力が発達していた。

そして、

この想像力はとても頼もしい味方になってくれた。

それというのも、

想像力というやつは、

生まれついての勘のよさや器用さなどより、

真理を探究するうえで、

較べものにならないくらいの強力な武器となるからだ。


僕はこの想像力を唯一の武器として、

古典文学と戦い、

その名作を次々と制覇していった。

そして、

一つの作品を制覇すると、

次は何を読むべきかがおのずと明らかになった。

そうして僕は、

7年くらいかけ、

読むべき価値があると思われる、

世界の古典の最高峰に位置する作品群を制覇した。


僕には、

これらの作品の理解度において、

他の誰にも負けないという自負がある。

専門の研究者とだって対等にわたり合える自信がある。



地獄の苦しみの中で

人生をかけて挑んできたんだ!!

その成果には

絶対の自信がある!!




ただ、残念ながら、

自らの実力を試す手段がない。

自分と対等か、

それ以上の実力の持ち主と出会わなければ、

力試しができないので。

そのような人物と出会える確率は、

非常に少ないと思う。

だから今の僕の立場は、

日々猛練習に明け暮れながら、

試合をする機会を与えられない、

アスリートたちに似てるかもしれない。



反発や反感を恐れずここまで書いてきたけど

自信過剰だと思う人も多いことだろう。

しかし、

その人にそれなりの見識がそなわっていさいすれば、

僕は、

少しだけ時間をもらって、

その人を説得することができると思う。

ただ、

なんの知識もなく、

しかも、

本人自身がその無知に気づいてない場合だと、

こちらの方でもお手上げだ。

無知はある意味最強だからね。(笑)


ちなみに、


ネットの世界は無知と悪の巣窟だ。

完全な無法地帯。

忌まわしいことだけど、

これが現実。

国という枠の制約がある以上、

人類は、

グローバルなネット世界を制御できない。


ネットの世界は永遠(とわ)の闇だ。

そこでは完全犯罪が成立し、

悪が勝利の凱歌をあげる。

理論上は、

某映画にあったように、

ネット上から国家の軍事システムに侵入し、

核戦争を起こさせて、

人類を滅亡に追い込むことだって可能なのだ。

人類は、

本物のパンドラの箱を開けてしまった。



話がそれたが、

古典を読むことによってもたらされる恩恵は、

単に芸術に関する見識が向上したり、

洗練された美を享受できることにとどまらない。

文学に内包される哲学に関わることにより、

物事の本質を見抜く目が養われるのだ。

だから応用が利く。

すなわち、

古典文学に精通する人は、

政治でも、経済でも、社会でも、

あらゆる分野や問題において、

的確な判断を下すことができるのだ。

そのため欧米のエリートたちは、

学生(エリートが進学する学校は決まっている)の頃、

必ずギリシアやローマの古典を勉強させられる。

日本においても、

かつて明治期や大正期には、

政治家や高級官僚などで、

外国の古典に親しんでいる人が少なくなかったようだ。

しかし、今の日本人は学校の勉強しかしないし、

古典などまず読まない。

だから現代の日本には、

エリートと呼べるような人間は存在しない。



以上、書いてきたように、

僕は古典からいろいろ学んできたし、

しまいには、

世界でもっともむずかしい言語と言われる、

古典ギリシア語まで独学で勉強して、

自身の力に絶対的な自信をもっているのだが、

そんな僕がもし負けるとするなら・・・


それは博識な人間にではなく

むしろ逆に

マルガレーテのような

無知でも善良で

自己犠牲の精神と

他者への愛にあふれた

純粋無垢な人にだと思う

そんな人間がいるとするならばだが



しかし、もしかすると、

勝ち負けにこだわること自体、

意味のないことなのかもしれない。

いくら知識があったって、

全然幸せじゃないし、

頑張ってどれだけ自分を磨いても、

むなしさを感じ、

孤独に苦しむだけなんだから。

おそらく勝負に勝っても、

なんの喜びも感じないだろう。




人間、どんなに力をつけても

運がなけりゃなんの役にも立たない

この世はすべて運次第

100パーセント運

それでも人間は

明日のことがわからないから

未来なんて見えないから

自分の運を信じて

努力もするし

生きてもいけるのだ




さて、みなさん、

真の教養を身につけたかったら、

ヨーロッパの古典を読むことです。

ただし、

25才までが勝負。

バイクは何才になっても乗れますが、

こちらはそうはいきません。

人間25才を過ぎると頭が硬くなってしまって、

違う世界のものを理解するのが、

きわめて困難になるんです。

でも、可能性がゼロというわけではありません。

ですから、

25才を過ぎた方にも、

どんどん挑戦していただきたいです。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
今読んでいる本にラ・ブリュイエール『人さまざま』第4章「心について」第20「たいした財産がなくて恋するのは悲しい」というのが出てきましたので、検索していてペニーレイン様経由でたどり着きました。すごい読書経験ですね。感服いたしました。そしてやはり「何はさておき古典だな!」と思いました。
私は大学生の娘がいる母親なのですが、娘はサブカル(カルチェラルスタディース)の研究みたいなことをしています。古典を読むように勧めてみようと思います。人の世は何千年も変わらないですね。


通りすがり
2015/11/09 18:01
通りすがりさん

コメントありがとうございます。
返信が遅れて申しわけありません。

おっしゃるとおりです。
本質的なものは時の流れに左右されないので、永遠に変わりません。

ありがとうございます。
読書の量はそれほど多くないのですが、「この世で最も美しいものが見たい、真実を知りたい」という思いで読書をしていたので、自然と何を読むべきかがわかり、結果として、ご覧のような書物を選択することになりました。

文化を木に例えるなら、古典というのは、根や幹に相当します。
すなわち、古典はあらゆる文化の基礎なのです。
基礎がしっかりしていれば、その上に堅固な建物を構築することが可能です。

サブカルチャーの研究にも、古典の知識は必ず役に立ちます。
お母様がお嬢様に古典の講読を薦められるというのは、素晴らしいことだと思います。


以下に、小生の古典に関するブログ記事を紹介しますので、参考にしてください。

ヨーロッパと日本の古典の目録
http://sakura07.at.webry.info/201203/article_3.html

ヨーロッパ4大古典の解説
http://sakura07.at.webry.info/201409/article_2.html
旅人
2015/11/14 18:50

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