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zoom RSS さらば大垂水

<<   作成日時 : 2013/05/01 01:35   >>

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大好きな大垂水に別れを告げた。


走り屋をやってた時に、

交通違反で検挙されて以来、

20年くらい捕まってなかった。

そのため、

すっかり油断してしまってたと思う。

2010年に、

3ヵ月くらいの間に2回も捕まってしまったのだ。


それにショックを受けた僕は、

以後、決して捕まらないようにしようと、

固く心に決めたのだった。


正直、

めっちゃ悔しかったんだ。

だから、

意地でも捕まらないようにしようと。



そのため今は、

違反率が90%くらいにのぼるであろう一時停止も、

きちんと左足を着けて、

停止線の前で停まるし、

ほかの車が、

時速120キロくらいで走ってる第三京浜でも、

制限速度の80キロを遵守してる。


ただ、

大垂水峠(おおだるみとうげ)だけは、

2010年に車載カメラを買ったので、

それで走行動画を撮りたくて、

2010年の5月から10月にかけて、

若干、スピードオーバーして走った。

でも、

それ以降はやってない。


それで、

大垂水峠の制限速度は時速30キロなのだが、

ここをそのスピードで走るのはとてもつらい。

コーナーが目に入ると気分がハイになって、

どうしてもスピードを上げたくなってしまうからだ。

僕にとって、

その気持ちを抑えるのは容易なことじゃないし、

もし、そのようにゆっくり走れば、

間違いなく、

非常なストレスを感じてしまうだろう。



だいたい、

時速30キロじゃ、

下り坂で自転車に追い抜かれちゃうよ。

それに、

一般の四輪車だってもっとスピード出してるから、

僕の後ろに車が連なってしまって、

僕が渋滞メーカーみたいになっちゃう。




しかし、僕は、

交通法規は絶対守る

と決めてるのだ。


だから、

道は一つだけ。

すなわち、





大垂水峠は二度と通らない!!





僕は今、

そう心に決めてる。


大垂水峠を通りたくない理由は、

ほかにもいくつかある。


まず、

ほとんど全線に施設されたシケイン(減速帯)。

ほかのところのそれと較べて、

大垂水峠のゼブラ舗装は段差が大きく、

走行時の振動が非常に激しい。

まるで波状路を走ってるようで、

これじゃ二輪にしても四輪にしても、

車体が傷んでしまうし、

四輪の同乗者などには、

気分が悪くなる者もでてきてしまう。

この状態は、

東京側より神奈川側の方がいっそうひどく、

あたかも、

この道を走るな

と言わんばかりだ。

別の道を使うとひどく遠回りになるので、

ここを生活道路としている人たちには、

まことに気の毒。

これも、

ここで走り屋行為をすることによって、

事故が多発したり、

近隣住民に迷惑をかけたりしたことのつけで、

あらためて、

走り屋行為というものの罪深さを、

思い知らされる。


それと、

20年以上前から懇意にしていた、

旭山ドライブインが閉店してしまったこと。

抜群においしい、

このドライブインの料理が食べられないなら、

そして、

その駐車場から山々の風景などを眺めながら、

のんびりと休憩できないのなら、

行ってもあまり楽しくない。


僕がこの峠に執着するのは、

ただ、

走る楽しさを味わいたい

という理由からだけじゃないんだ。

ここで、

大自然の息吹に包まれて癒やされたい

という思いもある。

うっそうとした森の中を行くこの峠道は、

自然が大好きだった亡き母が、

とても好んだ場所でもあった。





季節に関係なく、

年間を通じて、

夢中になって走りまわった大垂水峠。


それまで、

自然というものにまったく興味のなかった僕に、

季節ごとにダイナミックに変化する、

壮麗な姿を誇示することによって、

その素晴らしさを教えてくれた大垂水峠。


そして、年2回の、

父の眠る霊園へのお墓参りの際、

帰りにここを通るのを楽しみにしていた母との、

懐かしい思い出に満ちた大垂水峠。






このように、

これまでの僕の人生で、

一番楽しい時を過ごさせてくれたと言っても過言ではない、

大垂水峠との決別は、

正直言ってつらいものがある。

でも、

もう行くことはできない。

いや、行かない。

そうと決めたからには絶対に行かない。


僕は、

大垂水峠に対する未練を断ち切るため、

ある儀式を行うことを思いついた。

それは、

この峠に対するお別れの儀式。

この儀式については、

愛するものとの決別を、

一つの形として表現するという意味合いだけでなく、

この峠をここまで荒廃させた者たち(自分もその1人なんだけど)への、

怒りと抗議の気持ちを明確にするという意味合いも、

含まれている。


儀式の内容はいたってシンプルだ。

大垂水峠の、

峠道に入る直前に位置する、

かつての走り屋のスタート地点まで行って、

そこで、

(その先へは進まず)

Uターンして帰ってくるというもの。

こんなささやかなことでも、

心に一区切りついて、

気持ちの切り替えに、

プラスのはたらきをするような気がするのだ。


4月28日・日曜日、

さっそく実行にうつしてみた。

抜けるような青空のもと、

新緑の美しい山間(やまあい)の道を通って、

某霊園の入口にあたるその場所に到着。

連休中なのに、

一度も渋滞にはまることなく、

あっというまに着いてしまった。

そんな感じだった。


僕は、

その、かつての走り屋のスタート地点に着くと、

エンジンを切り、愛車を降りて、

それを押しながらUターンした。


これで、

めでたく儀式終了!



再びエンジンをかけると、

そのまま帰途についた。

画像

       押してUターン。ミラーに身体の一部が写ってる。

あっけなく終わってしまい、

味気なく感じる人もいるかもしれないが、

以前から望んでいたことなので、

僕としては、

とてもさわやかで充実した気分だった。

さらに、

この時の僕は、

気分がすごくハイになっていた。

久しぶりにここに来れて、

20年前の熱狂が甦り、

心に熱いものがこみ上げてきていたのだ。

帰る途中、

前を走る車のあとについて、

ゆっくり走ってるだけなのに、

気持ちだけはやたらとアグレッシブだった。





オレ、

変わんないな・・・

20年前と。

これって、

果たしていいことなんだろうか?



“そんなことやってる場合か!

家事も満足にできなくて、

いい年してすさんだ生活してるくせに!

夢みたいなこと考えてないで、

もっと現実に目を向けろ!!

地道に生活しろ!!”



なんてことも思ったりする・・・





けど・・・



未来に明るさが見えなくて、

将来に悪い予測しかたたなくて、

いつも困難と戦ってる身で、

刹那的な喜びや、

幻想まで奪われたら、

いったいオレになにが残るっていうんだ。


現実に裏切られ、

そのうえ夢まで放棄したら、

オレは、

単なる生きる屍(しかばね)だよ。






お別れの儀式の様子については、

下の動画を参照。

旅人がひとりでなんかしゃべってるよ。(笑)


         




帰りは、

久しぶりに石川パーキングエリアに立ち寄って、

いろいろな思いにひたりながら、

しばし憩いの時を過ごした。

画像


画像


画像


画像

       ツツジの咲いてるところで。

画像

       母との思いでのベンチと、母子像。

石川を出てしばらく行くと、

大渋滞にはまってしまった。

しかたなく、

しばらくぶりで、

車線と車線の間を走行した。


そうして走ってるうちに事故現場に遭遇し、

この渋滞が、

事故を原因とするものなのだとわかった。

画像

       車線の間を走行。

画像

       事故現場。シルバーの車が追突されたようだ。



渋滞及び事故の様子については、

下の動画を参照。



渋滞から解放され、

加速した時の愛車のエンジン音!

しびれるっ!!

これがバイクの魅力なんだよ!


         




地元に着いてから、

自販機でジュースを買って飲んだ。


バヤリースオレンジ!


これ、

うまいんだよね。

甘さ、ほろ苦さ、酸味が絶妙なバランスで、

あきのこない味だ。

画像


僕は、

以前は紅茶を飲んでたんだけど、

お茶は利尿作用があるということで、

できるだけトイレの回数を減らしたいツーリング中は、

飲まないことにした。


果汁入りのオレンジジュースは、

ビタミンCを含んでるんで、

身体にいいと思う。

ビタミンCは大事だからね。

なんでも、

ほかの動物はビタミンCも含めて、

すべてのビタミンを自分の身体で作れるんだそうだが、

人間とサルにかぎっては、

ほかのビタミンは作れても、

このCだけは作れないんだそうだ。

つまり人間とサルは、

ビタミンCを、

外部から食物として摂取するしかないと。

さらに、

このビタミンCについては、

ほかのビタミンと違って、

まだ科学的に十分解明されてない部分が多いんだそうだけど、

生き物が生きていくうえで、

非常に重要なはたらきをしていることだけは、

確かなんだそうだ。

日頃、スーパーの弁当ばかり食べてて、

野菜が不足しがちな旅人にとって、

オレンジジュースは貴重な栄養源だ。



さて、

今日もなんとか無事に帰ってこれたな。

別に待ってる人がいるわけじゃないけど。

一休みしたら、

ブログを書く準備でもするか。





大垂水と決別した今、

あらためて思う。

峠で遊ぶのはよくないと。

危険だし、

はた迷惑な行為だと。


でも、

ツーリングでコーナーを攻めるのは、

もっと危険。

ブラインドコーナーの先に、

なにがあるかわからないんだから。


自然を楽しみながら、

余裕をもってゆっくり走ろう。

みんながそうしていれば、

自然豊かな大垂水峠も、

ガタガタ舗装の悪路にはならなかったろうし、

津久井湖の周囲をめぐる見晴らしのいい道も、

二輪通行禁止になんてならなかったろう。




そんなえらそうなこと言える立場じゃ

ないんだけどね ( ̄一 ̄)



            *        *        *


1991年8月、

大垂水峠から帰る途中、

スリ抜け中の事故で重傷を負った旅人。

その時乗っていたヤマハFZR250は、

全損廃車となってしまった。

画像

       全損廃車となったFZR250。1989年11月撮影。

その年の12月、

新しい相棒、ホンダNSR250Rを得て、

ライダーに復帰したが、

冬ということもあり、

思うように走れなかった。

画像

       新しい相棒、NSR250R。1993年5月撮影。

そうしたつらい時期を乗り越え、

立春も過ぎてようやく春の兆しが見えはじめた、

1992年2月16日、

久しぶりに、

大垂水の地に立った旅人は、

心の奥底から湧き上がってくる、

喜びをかみしめながら、

思ったのだった。



俺は今大垂水にいる。それだけで幸せ。



この思いは言葉として、

その日のうちにメモされ、

そのメモは大切に保管されて、

今も手元に残る。


当時の熱い思いのこもった、

そのメモ書きの言葉。

それを感慨深くながめる、

今日このごろの自分。


僕のスリ抜け事故については、

 ブログ「交通事故に思う」参照。



わが心のふるさと大垂水よ

これまで

僕に生きる喜びをあたえ

人生の支えとなってくれて

本当にありがとう

いつかまた素敵な道として

復活してくれることを

僕は信じてる



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