夢と冒険とロマン

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zoom RSS メモラビリア(思い出)

<<   作成日時 : 2013/11/29 02:17   >>

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AKB48を見て、

“これだ!!”と思った。

生まれて初めて、

シンパシーを感じるアーティストに出会った。

知れば知るほど夢中になった。

彼女たちこそ、

僕が愛する、

“夢と冒険とロマン”

の体現者だと思った。

彼女たちと同時代を生きられることに、

心から感謝した。


そのAKB48が、

あらぬ方向に向かってしまうなんて・・・

そんな方に行ったら、

もはやAKB48じゃなくなる。


僕はファンをやめざるを得なくなった。

たとえ最後の1人になっても、

ファンを続けるつもりだったのに。


“終わらぬ祭りはない”

ということなのだろうか。


それにしても、

ショックは大きい。

楽しみが完全になくなっちゃった。


大好きな古典文学については、

ほぼ味わい尽くした感じだし、

オートバイについても、

近頃、あまり情熱を感じなくなっている。

かつては、

雑誌なんかの特集で、

多種多様なバイクが載ってると、

見てるだけでワクワクしてきたし、

何時間見てても飽きなかったのに。


ま、

今のバイク界は、

カタログ見て楽しめるような状況じゃないけどね。(笑)

昔のこと考えると、

ホント、夢のようだよ。


そんなわけで、

AKB48という最期の砦が崩壊し、

楽しみがまったくなくなった僕の人生は、

つらいことオンリーになってしまった。

これまで、

そうした鬱屈した心の、

はけ口になってくれていたブログにしても、

“オートバイに乗っても近場をお散歩するだけ”

なんて状況じゃ、

ネタ不足で思うように書けないし。


元来、

僕という人間は、

趣味に生きるタイプなんで、

楽しみがないと、

何の意欲もわかなくなる。


もっとも、

楽しみといっても、

僕にとってのそれは、

他の人の場合と違って、

幸運によってもたらされるようなものじゃなく、

“すべて自分の心一つで作り出したもの”

なんだけどね。

すなわち、

自己満足のちっぽけな世界ってこと。

いわゆる“コップの中の嵐”ってやつよ。


でも、

それでいいんだ。

なぜって、

それしかないんだから。

それしか許されないんだから。

そんな、頼りないかすかな灯火(ともしび)だって、

僕にとっては、

生きる糧なんだから。


それに、

想像力さえあれば、

どんな過酷な状況に身をおいていても、

たとえ寝たきりの人だって、

世界を制覇できるんだ。


僕の場合、

現実の世界で、

思いっきり不自由な思いをしてるんで、

その分、

想像力だけは異常に発達してる。

そのほかの実際的な能力は、

まるっきりだけど。


それはとにかく、

AKB48のファンを続けられなくなったことで、

その灯火も消えちまった。

この灯火がなかったら、

自慢の想像力もしぼんじまう。

だから、今の僕は、

文字通り“お先真っ暗”だ。

まったく手も足も出ない。

前に進もうなんて気も起こらないし、

たとえ進もうと思ったって、

そんなのどだい無理な話。

やみくもに進んだ先には、

破滅が待ってるだけなんだから。

とにかくじっとしてるほかない。


ということで、

いろいろと悩んだ末に、

前が見えないなら後ろを見てやろうと、

やぶれかぶれで、

今までいろんなブログに掲載してきた写真の中から、

今回、自身のお気に入りのものを集めてみた。

懐かしい写真を見て思い出にひたることで、

少しでも生きる力が得られればと思って。

他の人には関わりのない、

まったくの自己満足な話なんだけど。



●昔の写真

1985年3月10日早朝、

この服装で、

江の島、鎌倉方面への、

初めてのツーリングを敢行。

途中、あまりの寒さに死ぬかと思った。

愛車はホンダCBX250RS


・・・1985年3月、多摩川にて

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“オートバイで湘南の海に行く”

というのが夢だったので、

4月以降毎週のように、

江の島、鎌倉方面に出かけてた。


・・・1985年5月、江の島にて

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江の島で買った、

このピンクのしぼりのTシャツがお気に入りで、

この年の夏のツーリングは、

いつもこのスタイルで行ってた。


・・・1985年7月、鎌倉由比ガ浜にて

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砂浜の波打ち際にたたずみ、

水平線の彼方をながめては、

漠然とした希望を抱いたものだった。

“生きてさえいれば、

なんかいいことあるかもしれない”



・・・なんて。


ちなみに、

中央に女性サーファーの後ろ姿が写ってるけど、

すごいカワイかったよ。 (=^▽^=)


・・・1986年6月、鎌倉由比ガ浜にて

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平塚の七夕に行った。

プラスチックの竹飾りが、

とてもカラフルできれいだった。

カラフルなのっていいね。

夢が広がっていくような感じで。


・・・1985年7月、平塚にて

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京都までツーリングした。

250cc単気筒のバイクでの500キロは、

正直きつかった。

単調な高速道路の走行が長時間続くと、

精神的にも肉体的にもおかしくなってくる。

同じ状態が長く続くことには耐えられない。

女性ライダーのなかには、

長距離ツーリングを厭わない人がけっこういるけど、

このような、

忍耐力、持久力を要する行為は、

女性の方が向いてるのかもしれない。


・・・1985年10月、京都宇治平等院鳳凰堂前にて

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・・・1985年10月、宇治平等院南門前にて

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1987年夏から、

スズキGF250に乗りはじめた。

エンジンのかかりが悪い、

空冷単気筒に懲りたので、

水冷4気筒のバイクを選んだのだ。

このバイク、8バルブで、

重低音の唸るようなエンジン音が魅力だった。

また、

この年の10月から、

それまでの湘南方面ではなく、

箱根、湯河原、真鶴方面に、

ツーリングに行くようになった。

そして、

そこで、峠道を初体験した。

以後、徐々に、

ワインディングにハマッていくことになる。


・・・1987年12月、箱根乙女峠近くの駐車場にて

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箱根大観山山頂。

ものすごくよく晴れた日には、

東側に相模湾、初島、伊豆大島が見え、

西側には芦ノ湖、箱根の山々、富士山が見える。

まさに絶景!

僕が思うに、

ここからの眺望は日本一だ。


まあ、

ここは海に近いせいで霧が出ることが多く、

それほどの絶景がおがめるのは、

年に数回くらいしかないんだけどね。

西側の芦ノ湖や富士山は、

けっこう見れることが多いんだけど、

東側の海の方はほとんど見れない。

僕自身、

50回くらい行って、

見れたのは2回くらいだった。


・・・1987年12月、箱根大観山山頂にて

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快晴の箱根芦ノ湖。


・・・1987年12月、箱根芦ノ湖畔にて

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大観山からの帰りには、

必ず真鶴道路の旧道を通った。

ここに僕の憩いの場所があるのだ。

そこは、

上を見ても、下を見てもみかん畑。

前方には海が見える。

海には、

船尾に白い帆を着けた漁船が浮かんでたりする。

遥か下の方には、

真鶴道路の新道を走る車が、

豆粒のような姿で、

列を作って動いていくのが見える。

この場所は、

(おそらく)僕と、このみかん畑の持ち主しか知らない、

秘密の場所。

僕はここで休憩しながら、

夢想したものだった。

“ここは、イタリアのソレント。

周囲はオレンジの園で、

眼下には地中海・・・”



12月だったので、

みかんがたわわに実っており、

日に照らされて輝くそのオレンジ色の果実は、

とても美しかった。


・・・1987年12月、真鶴にて

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1988年頃から、

ヤマハFZR250に乗りはじめた。


このバイクに乗っていた1991年8月、

僕は大垂水峠からの帰り、

スリ抜け中に左折車と衝突して、

全治3ヵ月の重傷を負ってしまった。

愛車は全損廃車となった。


・・・写真は、1989年11月に撮影

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ケガが治った直後の1991年11月末、

1990年式ホンダNSR250Rを購入。

このバイクで、

1993年3月に若い女性ライダーに叱られ、

走り屋をやめるまで、

大垂水峠をガンガン走りまくった。


写真は、

富士スピードウエイでの、

スポーツ走行の帰り。


・・・1993年5月、足柄サービスエリア(上り)にて

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NHKステアリングダンパー装着(黄色い線の中)。

20年くらい前は、

GPレーサーから街乗りアメリカンまで、

多くのライダーが装着してた。

今時のライダーには、

知らない人も多いんだろな。


・・・1993年5月、足柄サービスエリア(上り)にて

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タイヤはBATTLAX80Sをはいてた。

一応ヨコも使ってたよ。(笑)


・・・1992年9月、旭山ドライブイン駐車場にて

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カッティングシートを使って手作りしたピンクの大垂水。

車体の赤とよくマッチして美しい。


・・・1992年11月撮影

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内側から見てもきれい。


・・・1992年11月撮影

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女性ライダーに叱られ走り屋をやめたのち、

以前のようなツーリングライダーに戻ろうと、

ライポジのきついNSRをあきらめ、

ツアラーとして最適な、

カワサキZZR250に乗り換えた。


・・・1994年5月撮影

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・・・1999年6月、旭山ドライブイン駐車場にて

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大垂水峠のオアシス、

ライダーのたまり場、

旭山ドライブイン。

店のオーナーのおじちゃん、おばちゃんは、

とってもいい人たちで、

僕を身内のように扱ってくれた。

また、

ここの料理は、

カレーにしても、カツ丼にしても、焼肉定食にしても、

田舎風の濃いめの味付けが最高で、

本当にうまかった。


数年前に閉店してしまったのが残念でならない。


・・・1999年6月撮影

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旭山ドライブインの見晴台。


夏の暑いさなか、

峠を走りまくると、

革のグローブが汗を吸い込み、

しぼれるくらいにドロドロになる。

そんな全身汗みどろの状態で、

ここに休憩しにくる。


僕はベンチに寝ころび目をつぶる。

聞こえてくるのは、

セミの声、小鳥のさえずり。

谷の方から、

緑の木々の合間をぬってやってくる、

あるかないかのかすかな風が、

ほてったほほをやさしくなでてゆく・・・





・・・僕は思う、


天国だ


と。

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       見晴台。1992年9月撮影。


うっとりとしながら目を開くと、

飛び込んできたのは、

真っ青な空を、

真っ白な雲が流れてゆく姿。


かぎりなく青い、

手をかざせば染まりそうなくらいの青の世界を、

悠然とひとり旅するちぎれ雲。

その孤高で自由な姿にシンパシーを感じ、

僕は見入ってしまう。


心は解放され、

傷は癒やされ、

高度に調和した、

大自然の妙なる調べが、

慈母のごとく僕を抱擁する。


そんな時、

僕は思ったものだった。

“生きてさえいれば、

なんかいいことあるかもしれない”


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       1999年6月撮影。


世界で1番おいしいカツ丼です。


・・・2008年12月撮影

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世界で2番目においしいカレーです。

(1番はおふくろが作ってくれたカレー)


・・・2008年12月撮影

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旭山ドライブインの窓から見える、

深い谷をはさんだ向こう側にそびえる、

“美しい山”。


1999年9月5日・日曜日。

真夏並みの暑さだったこの日、

僕は旭山ドライブインで食事をしていた。

窓からはさわやかな風が入ってくる。

その風は僕の身体の中を通り抜け、

たまりにたまった心のオリを、

すっかり洗い流してくれた。

洗い清められ、

新たに甦った僕の魂。

湧き上がってくる喜びが、

全身を包む。


あまりの気持ちよさに、

僕は、

今、この瞬間が永遠に続けばいいのにと、

願わずにはいられなかった。



大垂水峠、旭山ドライブイン

窓の外、はるか谷の向こうに美しい山

谷を渡る緑の風

時よ止まれ、おまえは美しい!


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       “美しい山”。1999年6月撮影。


大垂水峠を抜けると、

相模湖に出る。

おふくろは、

自然豊かな大垂水峠と、

なだらかな山が幾重にも重なる、

相模湖畔の柔らかな風景が、

大好きだった。

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       相模湖。1991年5月撮影。


相模湖に来ると、

僕たちはいつも、

湖畔のレストラン「長谷川」で、

昼食をとるのだった。

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       レストラン「長谷川」。1999年4月撮影。





ブログの文字数制限により、

これ以上文字を入力できません。

以後の展開については、

みなさんのご想像におまかせします。


            *        *        *


●現在の写真

旭山ドライブイン駐車場

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自撮り

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洲崎燈台

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真鶴

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鎌倉七里ヶ浜

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逗子マリーナ

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房州金谷

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            *        *        *


●その他の写真

旅先で出会った熊本美人

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つむぎちゃん

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つむぎちゃん

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17回目の草とり

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18回目の草とり

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夢と冒険とロマン、それは心の中に

             2013年12月7日














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