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<<   作成日時 : 2014/06/20 23:35   >>

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AKB、少女論、そしてオートバイ


AKB48の選抜総選挙と、

そのメンバーである大島優子の卒業コンサートが、

先日、味の素スタジアムで開催された。


僕の場合、

もともと、劇場やコンサートホールに行って、

サイリュームを振ったり、

Mixに参加したりして、

積極的に応援活動をするようなタイプではなく、

せいぜい、メンバーが出演するテレビを見たり、

CDを買って聴いたりするだけで、

満足するようなタイプの人間なので、

これまで、一度もそのような場所に、

足を運んだことがなかった。


しかし、

今回のイベントの開催場所である味の素スタジアムは、

都心ではなく郊外にあるため、

交通の混雑に悩まされることもないだろうし、

国道20号に面した場所にあるということで、

車でも行きやすいので、

少しでも近くに行って、

“お祭り”の雰囲気を味わいたいと思い、

車(四輪)で出かけてみることにした。

そこでなら間違いなく、

彼女たちの歌声を聴くこともできるだろうし。


ということで、

スタジアムわきの道路を一往復してきた。

スタジアムに近づくと、

彼女たちの歌声が響いてきた。


画像

       味の素スタジアム。


下は、

その時、車で走りながら撮った映像。

車の窓を閉め切ってたんで、

デジカメのマイクでは、

一瞬の間の、ほんのかすかな音しか、

ひろうことができなかった。


ボリュームを最大にして、

やっと聞こえるようなその歌声。

それでも、

この動画は僕の宝物だ。






みんなが楽しそうに、

お祭りに酔いしれているそばで、

ただ、それを眺めるだけの自分。

まさに、トニオ・クレーゲル状態。


トニオ・クレーゲルはそれで満足のようだが、

僕はそうじゃない。

お祭りに参加できないのは、

屈辱的なことだし、

とてもみじめな気分だ。

われながら情けないと思う。

しかし、

これも自身のもって生まれた運なので、

いたしかたない。

運命には従わざるを得ないのだから。

いましばらくはガマンだ。

でも、


いつか絶対に行きたいと思ってる。

それもできるだけ近いうちに。

劇場公演にも、コンサートにも、握手会にも。

自分の殻を破って。




夜は、

AKB48シアターで催された、

“大島優子卒業公演”を、

テレビの生中継で見た。


みんな、とてもカッコよかった。

なかでも、

全員で“草原の奇跡”を熱唱する場面は圧巻だった。

その曲の歌詞が、

卒業や別れといったその場のシチュエーションと、

実によくマッチしていたからだ。



★草原の奇跡★

君に出会えた奇跡
惹かれあった心
草原に風が吹いた
愛しい人よ

偶然の仕業って
あの頃思っていた
通いなれた道の脇に
見つけた花のように

どんな普通の出来事も
意味があるってことなんだ
過ぎる日々のすべてのことに
感謝の気持ちを捧げよう

僕に起こった奇跡
今さら気づいたよ
運命の風はいつも
生まれた日から





そう

運命というものは

生まれた時から決まっているものなんだ


いや

というより

それより遙かに以前の

宇宙でビッグバンが起きた時には

すでに何者かによって

決められていたものなんだ


でも

人にはそれがわからない

先のことを知ることはできない


だから

大きな喜びに出会うと

人はそれを奇跡と呼び

あたかも偶然の出来事のように

誤解してしまう


本当は

宇宙の始まりの時から

約束されていたことなのに


奇跡は

偶然の産物ではなく

必然的に起こるもの

それは、いつ誰に起こるかわからない

もしかして

明日、あなたに起こるかもしれない





この曲を歌っている最中には、

多くのメンバーが涙を流していた。

特に、

大島の所属していたチームKのメンバーが・・・


今回の大島の卒業セレモニーで、

あることに気づいた。

それはチームという単位が、

メンバーの心に占める大きさ。




僕のように、

劇場にもホールにも行かない人間は、

テレビなどのメディアでしか、

彼女たちの姿を見る機会がない。


しかしながら、

そのような場に登場するのは、

各チームから選抜された、

いわば、寄せ集めのメンバーなのだ。


彼女たちは、

番組の中ではわきあいあいとして、

いかにも仲よさそうにふるまっているが、

メディアに出演する時以外での、

接触の機会は少ない。


というのも、

彼女たちの活動のメインである、

劇場公演やホールでのコンサートは、

基本的にチーム単位で行われるからだ。

そのため、

同じチームのメンバー同士というのは、

公演やその練習などで、

長い時間をともに過ごすことになる。

いわば苦楽をともにするわけだ。

そして、

そのような状況からは、

必然的に、

よい意味での濃密な人間関係が生じてくる。

これが、

いわゆるメンバー同士の絆(きずな)というやつ。

すなわち、

同じチームのメンバーのあいだには、

個人としてのライバル関係を超越した友情が育まれ、

家族のような信頼が生まれるのだ。


さらに、

そうしてチームのメンバーの心が一つになることで、

おのずからチームのキャラも鮮明になってきて、

それぞれのチームが、

強烈な個性と存在感を有するようになる。


こうして成長を遂げた各チームは、

内部的には強い仲間意識で結束し、

対外的には、

強いライバル意識をもって、

他のチームとの闘いをくりひろげる。

そのようにして互いに切磋琢磨し、

ともに、より大きく成長するのだ。




以上、僕が言いたいのは、

選抜メンバーについては、

普段、ほとんど交流のない、

各地方グループのメンバーの集合体でもあり、

全体として、

仲間意識というものが希薄だということ。

それに対し、

同じチームのメンバーというのは、

普段から生活をともにする、

いわば、

“同じ釜の飯を食った仲間”みたいなものなので、

強い仲間意識によって結ばれているということだ。


どおりで、

AKB特有の組閣という儀式において、

他のチームへの移籍を言い渡されたメンバーが、

大泣きしていやがるわけだよ。



僕はこうしたことを、

あるテレビ番組での、

高橋みなみの発言で知った。


それは、

大島の卒業にからんだ、

次のような発言だった。



“優子が卒業を発表したあとの、

つい最近になって、

初めていっしょに食事をした”




なんと、

ともにグループを代表する中心メンバーであり、

メディアに出演する際は、

いつも隣同士で仲良さそうにしていたこの二人が、

AKB48のメンバーとして活動してきたこの8年間、

ただの一度も食事をともにしたことがなかったというのだ。



この発言には、驚きを通り越して、

ショックさえ感じた。

なぜなら、

メディアを通じて見る彼女たちは、

無二の親友そのものだったから。


ま、卒業が決まってから、

つい最近、

一度だけいっしょに食事をしたとのことだが、

それは友達としてというより、

互いに中心メンバーとして、

長い間活動してきた関係上、

一つのけじめをつけるという意味で、

儀式的に行ったものだったのだろう。



高橋みなみ 1期生       大島優子 2期生

高橋みなみ チームA所属   大島優子 チームK所属




両者のこの関係性は、

二人が親しくなるうえで、

われわれの想像を越えて、

大きな障壁となっていたようだ。



前田敦子と大島優子の関係がそうだったように、

高橋みなみと大島優子の関係性も、

卒業という事態を受けて、

はじめて、本来のあるべき姿に近づいたのだと思う。



こうしたことを通じて、

僕は、

他のアイドルグループに較べ、

メンバー同士よい関係が保たれているようにみえる、

AKBにおいても、

実際にはいろいろ問題があることを知った。



そりゃそうだよな。

強い上昇志向と、

さまざまな思惑を胸に、

性格のバラバラな人たちが、

一つグループ内で、

ライバル同士として切磋琢磨してるんだから。


いろいろあるわな。

きれいごとだけですむわけがない。


よいこともあれば、

外部に出せないような、

ドロドロしたこともあるだろう。


それでも、

彼女たちは、

“よりよいパフォーマンスで人々を喜ばせる”

という崇高な目的のため、

個人的な思いはさておいて、

全員一丸となり、

日頃の練習の成果を披露している。

潔いし、本当に立派だと思う。

その一途な姿には清々しささえ覚える。



このように、

つらい練習に耐え、

日々、精進努力して、

技を磨いている彼女たちだが、

そのパフォーマンスは、

トップレベルの人たちのそれと比較すれば、

まだまだ、一流とは言えないのかもしれない。


しかしながら、

向上心をもって、

一生懸命がんばっているその姿は、

多くの人の心をとらえて離さない。

なぜなら、

人が自らの弱点を克服し、

より大きく成長しようと努力する姿ほど、

多くの人の心を惹きつけ、

感動を与えるものはないからだ。

そのような姿を見ることで、

人々は、それを自らに置き換え、

自身の可能性に気づくようになる。

そして、

未来に向かって前進する勇気を得る。



そのように彼女たちは、

見る者に、

元気と、生きる勇気を与えることができるし、

実際に与えてもきた。


何度も述べたように、

東日本大震災で被災者した人たちを、

彼女たちほど元気づけた者が、

ほかにいるだろうか?



彼女たちは、

その愛らしい姿で人々の目を楽しませ、

いやなことを忘れさせる。


純粋さや一生懸命さで、

人々の心を浄化し、

自身の可能性に気づかせて、

気持ちを前向きにさせる。


歌やダンスによって、

人々の心を晴れやかにし、

明日への希望を抱かせる。


しかし、

彼女たちの最強の武器は、

若々しい生命(いのち)の輝きと、

そこから生まれる“命のたぎり”だ。


“命のたぎり”とは、

彼女たちが、

若々しく躍動するその生命を、

一途な思いで何かに捧げ、

そこに全力でぶつかった時に発生する、

エネルギーのかたまりみたいなものだ。

それは瞬時に拡散して、

周囲の魂を震撼させる。


かくして、それに同期した魂は、

新たなる命の息吹を吹き込まれ、

よりハイレベルなものに、

生まれ変わることになるのだ。





AKBが、

このような大仕事ができるのも、

メンバーの大半を占めるのが、

十代半ばから二十代前半の女性たちだからだ。



AKBにかぎらず、

その年代の女性たちは、

あらゆる年代のなかでも、

もっとも純粋で、

もっとも生命力にあふれていて、

もっとも献身的である。



ちなみに、

男というものは、

もともと打算的なものだが、

女性も25才を過ぎる頃から、

家庭を守ろうとする意識が芽生えるせいか、

むしろ男より現実的になってくる。

逆に、

男の場合は、

年齢を重ねても少年の心を忘れず、

夢を追い続けたりする者もいる(旅人のように)のだが、

女性の場合、

それはないように思う。

すなわち、

女性は少女に戻らないのだ。

それゆえ、

この十代半ばから二十代前半の女性たちは、

とても貴重な存在だといえる。

女性にあっては、

肉体的にも精神的にも変化が激しく、

彼女たちが特別な存在でいられる期間は短い。



無垢なゆえに、

真面目で一生懸命で、

しかも、

自己犠牲の精神に富んでいる、

この年代の女性たち。

彼女たちは、

ある意味、人間離れしている。

あたかも神の国の住人であるかのように。


そう、

彼女たちは愛の国の住人なのであり、

人を愛するために生きているのだ。




そのように、

愛に生きる彼女たちは、

当然のことながら、

その姿形(すがたかたち)も優れている。


化粧などしなくても。


なぜなら、

素材そのものが輝きを放っているから。


彼女たちは、

その旺盛な生命力を光源として、

肉体の内部から、

汚れのない無垢な魂で浄化された、

清らかな光を放っているのだ。

だから、

化粧や高価な衣服、

虚飾に満ちた装飾品など必要ない。

素材だけで、

十分美しくあることができるのだ。



マザー・テレサのもとで、

献身的に弱者を救護する、

けなげな少女たちを見よ!


祖国のために一身を捧げ、

謀略の犠牲となった、

高貴なるジャンヌ・ダルクを見よ!


彼女たちこそ、

この年代の女性たちの象徴だ。

そして、AKBこそ

日本におけるマザー・テレサの弟子なのであり、

現代のジャンヌ・ダルクなのだ。



            *        *        *


よれよれな自分でも、

ほんのささやかなものではあるが、

プライドをもっている。


誰よりも一生懸命生きてきた

という思いを。


知性の面では、

世界最高峰の古典を読破した。

野性の面では、

オートバイによって、

命の危険と引き替えに、

真の自由を得ることができた。


僕は、

なにごとであれ、

自らが挑戦しようと決めたものには、

死にもの狂いでぶつかっていったのだった。

そして、その甲斐あって、

誰も登り得なかったような、

高みに身を置くことができたと思っている。


うれしくもないし、

幸せでもないけど。



下の動画は、

僕が、

2010年8月と同10月に、

大垂水峠(おおだるみとうげ)を走った際の、

車載カメラの映像を、

道順どおりに、場所をダブらせないよう、

混ぜ合わせて編集したもの。


昔、走り屋をやってた頃のように、

無茶なことはしてないし、

スピード出してないし、

テクニック的にも見るべきものなどない、

なんの取り柄もない走行動画だけど、

それでも、

自分としては、

全身全霊、

もてるすべてを出し切って走ったもの。

この世ならぬ喜びにひたりつつ。




コーナーを見ると

目の色が変わる

それまで積み上げてきた知識や教養は

そこで、すべての意味を失う

人格そのものもゼロになり

あらゆるものが白紙に戻される

僕は完全なる真空状態になる


まさに、その時だ

僕の魂が

この世のあらゆるしがらみから解放され

真の自由を勝ちとるのは


命のたぎりのなかで









            *        *        *


オートバイでの峠走行

繰り返すコーナリング

勇気と熱い思いで

難関をクリアしてゆく

限りなくピュアで自由

命のたぎりのなかで


僕はピュアなものが好きだ。

オートバイによる峠の走行は、

究極のピュアな行為。


AKBの歌もピュアだ。

特に、

「会いたかった」と「BINGO!」は。

これらの歌には、

命のたぎりを感じる。

AKBそのものにも、

命のたぎりを感じる。



           (2014年8月11日追記)









今年初のソフトクリーム


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
次はサーキットに行ってみては?
世界が変わりますよ。
GSXR750
2014/06/22 22:58
GSXR750さん

ありがとうございます。

実は、以前に1度だけ富士スピードウエイを走ったことがあるんですが、その時はコワくて思うように走れませんでした。
それと、
タイヤとか傷むんで、お金がかかりそうでしたし・・・

ということで、今はあきらめてます。

でも、心の奥底では、クローズドコースをのびのびと走ってみたいという思いがあります。

生涯の見果てぬ夢です。
旅人
2014/06/23 00:00

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