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<<   作成日時 : 2015/07/21 22:51   >>

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交通に関して、最近、気になっていることを書いてみた

画像

       自分がバイクで事故った時の、メットとギプス


1.事故を回避するための努力について


僕は、

夜、車(四輪、以下同じ)を運転することが多い。

で、このところ気になっていることがある。

それは、オートバイの走り方。


夜間、

上下1車線づつの道路の、

右折車線のある交差点で右折待ちをしてる時、

対向車のライトの列を見ながら、

右折のタイミングを見はからっていて、

車列に切れ目を見つけ、

そこで、右折しようと決めたとする。


で、

車列の最後部の車が通り過ぎようとする時、


“さあ、右折しよう!”


と思って

ハンドルを握る手に力を入れるのだが、

その瞬間、

車のすぐ後ろにオートバイを発見する。


これにはびっくり!


あわてて、

ハンドルを握った手の力をゆるめ、

ホッと息をつく。


危なかったぁ

もうちょっとで右折するところだった!



それにしても、

ライダーたちは、

なんで、あんな走り方をするんだろう?


すなわち、

前の車との距離をつめ、

しかも、

走るのは道路の左端(原付じゃあるまいし!)


この交差点で見かけるライダーの、

10人中、ほぼ10人が、

こんな走り方をしているのだ。


これじゃあ、

右折車からはまったく見えない。

どう考えても、

右折車のドライバーに見つからないよう、

身を隠してるとしか思えないような走り方。

完全に、気配を消し去ってる(忍者か!?)。



それにしても、

隠れることで、

いったい、

どんなメリットがあるっていうんだ?


しかし、

実際、こんな走り方は、

メリットどころか、

非常にハイリスクな行為と言わざるえない。

彼らは、

相手から認知されないということが、

交通安全上、

どれだけのマイナスになるのか、

まったくわかっていないのではないだろうか。


というのも、

世の中、注意力がある人ばかりじゃないからだ。


たとえば、僕など、

交差点を直進しようとしていて、

右折待ちをしている車を見つけると、

その車との距離によっては、

パッシングして、

「先に右折していいよ」って、合図をおくる場合がある。

しかし、

経験から言って、

そんな時、半数以上のドライバーが、

パッシングに気づかないのだ。


これは、

いかに、前をちゃんと見ていないドライバーが、

多いかということの証左になると思う。


また、

よく見かける「信号無視」も、

前をよく見ていなかったため、

停まるタイミングを失ったことが原因と考えられる。


要するに、


“前をよく見ていない”

“緊張感をもって運転していない”



ドライバーがいかに多いかということ。


件の右折の際、

そんな注意力不足のドライバーが、

車のかげに隠れていたオートバイに、

気づくのが遅れ、

右直事故につながってしまうことだって考えられるのだ。


特に、

最近多い高齢ドライバーの場合、

頭でわかっていても、

身体がついていかないことがあるので、

いったん、やりかかった右折を中断できずに、

そのまま、直進するオートバイと衝突してしまう、

ということだって、

十分ありえるのだ。


さらに、

衝突までいかなくても、

右折してきそうな車を目撃したライダーが、

とっさに、衝突を避けようとして、

バランスをくずし、

最悪、転倒する事態だって考えられる。



確かに、

相手のあることなので、

自分がいくら気をつけていても、

相手の過失により、

事故に巻き込まれることはある。

そして、

相手の過失そのものについては、

こちらとしても対応しようがない。

しかし、

それだからこそ、

特に、オートバイのように、

身を守ってくれるような、

覆いのない乗り物に乗る者は、

自らを守るため、

相手の過失を誘発しないよう、

最大限の努力をする必要があるのだ。


その努力とは、

まず、他の交通者たちに、

自らの存在を知ってもらうこと。

これに尽きる。


一般的に、

ドライバーの目というのは、

車体の大きな四輪に慣れていて、

車体の小さい二輪には気づきにくくなっている。

いわゆる、


“オートバイの視認性の悪さ”


というやつだ。


ライダー用のウエアに派手な色のものが多かったり、

昼間でもライトを点灯したりするのは、

その欠点を補って、

視認性を向上させるためなのだ。


実際、

30年くらい前に、ある県警が、

初めて、二輪の昼間での点灯を義務化した際には、

それ以前と較べ、

バイクがらみの事故が激減したと聞く。

これなど、

事故を防ぐためには、

相手に認知してもらうことがいかに大切かということを示す、

典型的な例だと思う。


ちなみに、

僕の場合、

特に、夜間を走行中は、

前方に右折待ちの車を見つけると、

わざわざセンターラインぎりぎりまで移動して、

相手の車から自分が見えやすいような位置どりをし、

自らの存在をアピールしながら走ることにしている。


ただ、

こうすると、

右折待ちの車のすぐそばを通ることになるため、

恐怖を感じてしまうライダーもいるかもしれない。

もし、そうなら、

センターライン近くを走って自分をアピールしたあと、

交差点に入る前に、

また、車線の中央付近に戻ればいいのだ。



交通というのは、

一種のコミュニケーション。

互いに相手を認知し合い、

相手の動きを予測し合い、

その時々で、

譲ったり譲られたりしながら、

安全を確保していくものだ。

それゆえ、

まず、大事なのが、

自らの存在を相手に気づいてもらうこと。

それが、

身の安全を確保するうえでの最低条件となる。



右折待ちをしている時、

直進するオートバイのライダーの中には、

こちらにおびえたような視線を向けてくる者も多い。

おそらく、

右直事故への恐怖が、

一瞬、頭をよぎるのだろう。

そういった恐怖心が、

前の車のかげに隠れるという行動に、

結びついているのかもしれない。

でも、これまで書いてきたように、

そういうやり方は逆に危険なのだ。



“以心伝心”という言葉がある。

思っていることは、

それを強く意識することで、

相手方に伝えることができるという意味。


交差点を直進するライダーが、

“ここにオレがいるぞ”

“まがってくるんじゃねえ”

と、強く念じていれば、

それが右折待ちのドライバーにも伝わって、

そのドライバーが多少おっちょこちょいでも、

間違いを起こしにくくなる。


一方、

身を隠し、

気配を消していれば、

“私は存在していないので、どうぞ右折してください”

と言っているようなものだ。


また、

ビビリ過ぎるのも危険。

どういうわけか、

怖い怖いと思っていると、

その怖れている事態を、

かえって、招いてしまう結果になることが、

よくあるからだ。


以上に述べたことは、

いずれも科学的に証明されているわけではない。

しかし、

人間は、昔から、

そういうことが起こることを、

経験上知っているのだ。




ライダー諸君!

右折車が怖いのはよくわかるが

くれぐれも

自らの気配を消したりしないで欲しい

それは“百害あって一利なし”なのだから

死んだふりなんて

熊にも右折車にも通用しないのだ






2.トレーラーまがりにご用心


ある日、

オートバイで走っていた僕は、

片側2車線の国道で信号待ちをしていた。

僕がいたのは、

信号から20メートルくらい手前の、

2車線のうちの真ん中寄りの車線で、

左側の車線の、

僕から見て左斜め前にあたる位置には、

大型トレーラーが、

左のウインカーを点滅させながら停まっていた。


“左折するつもりだな”


そう思った僕は、

特に何も考えず、

信号が変わると、

前の車について走りはじめた。


6〜7メートルも走ったろうか、

左車線のトレーラーが、

突然、ハンドルを右にきってきて、

その前部が、

僕の前をふさぐような形でせり出してきた。


“ぶつかる!!” (°д  °)


と思った僕は、

あわててスピードをゆるめる。


見ると、

トレーラーのウインカーが、

いつのまにか、

左から右に変わってた。


えッ!!

ここで車線変更?!


びっくりしてる僕をしりめに、

トレーラーは、

先頭部分を完全に右車線入れると、

今度は左のウインカーを点滅させ、

ハンドルを左にきって、

悠然と交差点を左折していった。


そこまできて、

僕は初めて気づいたのだった。


“ははあ、

車体の長い大型トレーラーは、

内輪差の関係で、

こうやって大回りしないと、

左折できないんだ・・・”



こんなことも知らないなんて、

自分はライダーとしてまだまだだなと、

反省させられたものだった。



これは、

あくまでも、

大型トレーラーという特殊な車両に関しての話なのだが、

実際には、

普通の乗用車においても、

これに似た状況が作り出されることがあり、

注意を要するので、

今回、それについても述べたいと思う。


僕がよく走るスーパーの近くの住宅街の道では、

よくこんな車を見かける。

すなわち、

交差点を左折する時(時には右折の時も!)、

一度ハンドルを右にきって、

車を右に向けてから、

あらためて左にきる車。

いわゆる“振ってまがる”というやつ。

規模は小さいけど、

トレーラーと同じようなまがり方だ。


なんでこんなことをするんだろう?

僕には理解できない。


決して急角度ではない、

ごく普通の直角のまがり角で、

道路の幅も十分なのに。


道路から駐車場に入る際にも、

同じように“振ってまがる”。

間口がけっこう広いので、

余裕をもって大きくまがれば、

内輪差に関する心配などいらないのに。


こうした“振ってまがる”人たちは、

ほぼ、100%高齢の男性。

それ以外の人は、

まず、そんなまがり方はしない。


昔はとにかく、

今時、走り屋だって、

そんなダサい走り方はしないだろう。


余談だけど、

一度、右折の際に(大まわりできる状況で)、

わざわざ“振ってまがってる車”を見たことがある。

その時は、

その、あまりに無意味なパフォーマンスに、

思わず笑ってしまったものだった。

あれは、なにかのギャグだったんだろうか?

おそらく、

本人的には、

カッコよく決めたつもりだったんだろうけど。笑


それはさておき、

そういう“振ってまがる”人たちが、

なんでそんなまがり方をするのか、

実際のところはわからないのだが、

おそらく、そのほとんどは、

“下手だから”

なんだろう。

すなわち、

内輪差を必要以上に多めにみてるんだろう。

高齢者が多いことからも、

そう思われる。

もちろん、

一部には、

昔の感覚で、

カッコつけてるつもりの人も、

いるのかもしれないけど。


いずれにしても、

迷惑な話だ。

なぜなら、

四輪にしろ二輪にしろ、

左折車の横を通り抜けるというのはよくあることなのだが、

そんな時、

左折車が、その前部を、

右側に向けてきたり、

直進車線や右折車線にまではみ出させてきたりすると、

そこを通る車に接触してしまうおそれがあるからだ。


だから、

僕は、そういう車の多い危険地帯を走る時は、

相手が左折車線から左折、

自分は、右折車線から右折という、

本来、互いに離ればなれになるような状況でも、


左折車線の車の方向が定まるまでは、

その車の斜め後ろに留まって、

待機するようにしている。

で、

先方が、

こちらにはみ出してこないのを確認してから、

あるいは、

いったん、はみ出した車がひっこんでから、

右折を始める。


バイクでこのような車のわきをスリ抜ける場合は、

ぶつけられた時のダメージを考慮して、

よりいっそうの注意が必要だ。

自分は、何度もぶつけられそうになっているのだ。


以前、

地元の警察署の交通課の巡査と、

話をする機会があったのだが、

その時にこの話題をもち出すと、

彼は、


“運転のセンスがないんでしょう

見かけたら

注意しておきますよ”



と言ってた。



高齢者によるこのような運転は、

ここ数年、

特に目立ってきた。

ただ、

どこでもというわけではなく、

僕が知るかぎり、

出没頻度が高いのは、

白昼の住宅街の道路で、

それも、

スーパーやホームセンターに近いところだ。


おそらく、

そのような運転をする高齢者の多くは、

勤めている間はほとんど運転経験がなく、

会社を退職してから、

体力がなくなってきた奥さんを、

スーパーや病院などに送り迎えするため、

長年のペーパードライバー生活から脱却して、

本格的に運転するようになった人たちなんだろう。

まあ、

運転が下手でもしょうがないとも言えるんだけど、

ただ、車というものは、

凶器としての側面ももっているので、

常に周囲の状況に気を配り、

事故を誘発しかねないような無意味なことはやめて、

他者に迷惑のかからないような運転を心がけて欲しい。


高齢化が、

世界でもっとも進んでいるといわれる日本では、

これから、

このような未熟な運転者が増えると予想される。

誰でも、

年をとれば勘が鈍ってくるし、

動作も緩慢になってくるからだ。


それなら、

彼らを訓育し、

運転技能の向上をはかればいいかというと、

それも無理。

若い時と違い、

あまり経験のないことについて、

年をとってから感覚を磨くというのは、

ほぼ不可能に近いことなのだ。

彼らの技能は、

むしろ、ますます低下する一方だろう。


しかし、

かといって、

彼らから車をとりあげるというのも酷な話だ。

なんだかんだ言っても、

手足のように自由になる便利な移動手段は、

自家用車以外にないし、

体力の衰えた高齢者にとって、

それは、ある意味で命綱みたいなものだからだ。


自家用車がなくてもすむようなシステムは、

この社会にまだ用意されていないし、

はっきり言って、

みんな自分たちのことで手いっぱいで、

他人のことなどかまっていられないのが実情。

口ではなんだかんだ言ったって、

社会も個人も、

誰も彼らに救いの手をさしのべようとはしない。


そんな状況で、

彼らから車をとりあげるのは、

死ねというのも同然だろう。




それでは、

高齢者による交通事故を防ぐには、

いったいどうすればよいのか。


僕は思う。

周囲が気をつけるしかないと。


彼らが周囲に合わせられない以上、

周囲が彼らに合わせるしかないと。


交差点を直進しようとしていて、

右折待ちの車を見たら、

全力で自分の存在をアピールする。

“振って”まがりそうな車がいたら、

その車がまがり終えるまで後ろで待つ。


それだけ







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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
旅人さん、今日は♪
ついついとご無沙汰してしまい、申し訳ありません.。o○
体調が良かったり〜悪かったりで・・・

久しぶりに、旅人さんの車やバイクの記事を読ませて頂きました。
交通事故に遭ったのですか?
友人は、「テクニックの上手い運転じゃなくて、安全な運転」をする人が事故を回避して・・・
結局は、上手い運転」だと言っています。

古くは、江戸時代の譲り合う日本人のマナーが海外からも絶賛されているようですよ。
交通ルールもしかりですね。

久しぶりに、お伺いして、旅人さんがお元気そうなので、何よりです
つんちゃん
2015/09/02 11:58
つんちゃん、お久しぶりです。

写真は、昔交通事故にあった時のもので、最近のものではありません。
ご心配をおかけして申しわけありませんでした。

ご友人のおっしゃるとおりだと思います。
ブログにも書きましたが、運転というのはコミュニケーションです。
互いに相手を理解し尊重しあって、交通全体の調和をはかってゆくことが、交通安全上の要となるのです。運転技術の問題ではありません。
逆に、技術が優れているからといって、自分本位な運転をするなら、それは事故を誘発しかねない非常に危険な行為です。
そのような意味で、“江戸しぐさ”に見られる譲り合いの精神は、ドライバーから歩行者にいたるまで、すべての交通者が身につけるべき、事故を防止するうえでのもっとも重要な要素であると言えるでしょう。

お身体の具合がよくないとお聞きしていましたので、このように拙ブログにおこしいただいたこと、驚くとともに、感謝の気持ちでいっぱいです。
つんちゃんのポジティブさと、身体の不調を払いのける気持ちの強さに、心から敬意を表します。
旅人
2015/09/04 21:25

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