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zoom RSS 河津桜、自動運転

<<   作成日時 : 2016/03/06 22:13   >>

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2月下旬、

バイクで、

多摩川の土手に咲く、

河津桜を見にいってきた。


僕にとって、

毎年恒例になってるこの行事なんだけど、

道路を走ってて、

遥か彼方に、

鮮やかなピンクの並木が現れると、

いつもながらに感動してしまう。


春になったことで、

自分にも春が来るような、

そんな気持ちになってしまう。


毎年、

しょうこりもなく繰り返す、

錯覚。



去年は、

3月上旬の半ば頃見に行って、

まだ満開になってなかったんで、

2月の段階で、

どれだけ咲いてるか不安だったけど、

実際、行ってみると、

すでに満開を過ぎてるような状態だった。

去年より10日くらい早い感じだ。

このことからも、

この冬がいかに暖かかったか、

わかるような気がする。

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「桜」と、

HKT48、宮脇咲良(みやわきさくら)ちゃんの、

「咲良」をかけて・・・

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★河津桜を見に行った時の動画です






この花見からの帰宅途中、

ちょっとしたハプニングがあった。


信号待ちで、

前の車の、

1メートルちょっと後ろに停車していたところ、

その前の車が、

バックしてきて、

僕の乗ってるバイクに、

ぶつかりそうになったのだ。


車はいきなりバックしてきた。

あわてて、

後ずさりしたんだけど、

バックしてくる車の速さに追いつけない。

相手との距離はどんどん縮まって、

その車の後部バンパーが、

愛車の前輪と接触しそうに!


とにかく、

後ずさりするのに夢中で、

クラクションを鳴らす余裕もなかった。


もうダメだ!!


そう思った瞬間、

パパパパパッと、

ほかの車がクラクションを鳴らしてくれた。

その音で、

ようやく車が停止し、

危うく衝突を免れたのだった。


車のドライバーは、

クラクションを鳴らされたことで、

一応は止まったものの、

状況がのみこめてない様子だったらしく、

あらためて、

クラクションを鳴らしたドライバーに、

“後ろにバイクがいる!”

って、

注意されてた。


車の後部バンパーと、

僕のバイクの前輪との間は、

わずか1センチしか空いてなかった。


ぶつからなかったのは、

奇跡みたいなもんだった。



相手の車は、

宅急便のトラックだった。

荷台のボックス後部には窓があったが、

比較的高い位置にあったので、

後ろにバイクがいても、

車がいても、

まったく見えないと思われた。


ドライバーは、

対向車線側の駐車スペースから、

バックで出てくる車に、

スペースを提供しようとして、

こちらにバックしてきたんだけど、

まったく後ろが見えない状態なのに、

よく、いきなりバックする気になるよ。

そんな感覚じゃ、

いままで事故を起こしてないとしても、

それは、

たまたま運がよかっただけだな。

いずれ事故を起こすに違いない。


まあ、

今回のことを教訓に、

もっと気をつけて運転してもらいたい。





この出来事で、

自動ブレーキの必要性を強く感じた。


自動ブレーキが着いてれば、

今回のようなニアミスは、

起こりえなかったと思う。


自動ブレーキは、

現在、すでに実用段階まできており、

すでにユーザーの試乗も行われている。

ただ、問題点もあって、

僕としては、

今のレベルでは不十分だと考えている。


というのも、

時速20キロ程度の、

ごく低速での走行時にしか使えないから。


そのため、

自動ブレーキ車の試乗会では、

事故が相次いでいるそうだ。

スピードが出過ぎてたため、

障害物の手前で止まれず、

衝突するケースが多いんだそう。


スピードに応じて減速し、

最終的に衝突を避けられるような、

そんなより安全性の高いシステムを、

開発して欲しいものだ。


大阪梅田の、

急病で意識を失ったドライバーによる事故の、

報道に接して、

あらためて強くそう思った。



一方、

自動車業界では、

この自動ブレーキの先を行く、

自動運転機能を有する車の、

開発がすすめられているという。


しかし、

この“自動運転”については、

僕は、はなはだ疑問に感じてるし、

不可能じゃないかとさえ思ってる。


僕の持論だけど、

交通というのは、

一種のコミュニケーション
で、

表面には表れにくいけど、

ドライバー、ライダー、

自転車、歩行者等の間では、

主に相手の表情をうかがうことによって、

常に対話が行われている。

それによって、

進んだり、止まったりのタイミングをみたり、

譲るか、譲られるかの判断をしているのだ。


こんなことは、

機械にできるはずがない。

機械は、生き物じゃないんだから。

あらかじめプログラムされたことを、

実行するだけなんだから。

その場その場の状況を考慮しつつ、

相手と交渉するなんて、

そんな器用なこと、

できるわけがない。


アドリブなんて効きやしないんだよ。


交通というのは、

機械的、固定的なものじゃなく、

その時々の状況で、

どうにで変化するもの。

常に、臨機応変な対応が必要なんだ。

晴れの日と雨の日じゃ、

自ずと運転の仕方も変わってくる。

機械まかせなんて、

絶対にありえない。




そのいい例が、

先日新聞に載ってた、

グーグルが開発した自動運転車の、

実験中での事故。

自動運転車が、

後ろから来るバスが停まってくれると判断して、

発進したところ、

そのバスと接触事故を起こしたんだそうだ。

グーグルの自動運転の実験では、

事故が多発してるようなんだけど、

グーグルが過失を認めたのは、

この事故が初めてということだ。


まったくいい気なもんだよ。

相手がバスだったから、

“接触事故”程度ですんだけど、

もしバイクだったら、

“死亡事故”になりかねない。



この報道を見て、

“やっぱりな”と思った。

しょせん機械には、

相手の気持ちを推察するなんて芸当は、

できっこないんだよ。


右折待ちをしてる時、

対向車がパッシングしてきたら、

どうする?


この種の行為は、

関東じゃ、

「行っていいよ (=^▽^=)」

の合図だし、

関西じゃ、

「行くんじゃねぇボケ! (`ω´メ)」

っていう意味になるんだ。


どうすんのかね。

自動運転の車は。

地域によってプログラムを変える?

でも、

走ってるうちに別の地域に入っちゃったら、

どないすんねん! 笑


また、

道路が突発的な工事で、

通行止めになってたら、

困るんじゃないの?

矢印や地図の書かれた、

迂回用の看板が立ってたって、

機械にゃ読めやしないんだから。

そこで立ち往生だろ。

警備員に聞くこともできないし。


基本的に、

何かあった際、

その場で人とやりとりして、

問題を解決できないようなものが、

車を走らせるなんて、

あっちゃいけないことなんだよ。


細かいことを並べてるって、

思われるかもしれないけど、

実際の道路は、

そのつど判断を要するような、

細かい出来事であふれてるんだ。

空や海とは違う!!


車で道路を走るという行為は、

人間の能力を、

もっとも高い次元で発揮する必要のある、

複雑多岐な難事業だ。

それを、

100パーセント機械にとって代わらせるなんて、

とても正気とは思えない。



“高速道路など、

一部での使用に限る”


とか、

“必ず運転可能な者が乗車して、

いざという時は、

すぐに手動に切り換えられるようにする”


とか、

そんな対策を立てるとしても、

常に見張ってなきゃいけなかったり、

緊張感をもって、

即座に運転を交代できるよう、

体勢を整えておく必要があるんだったら、

自分で運転しちゃった方が、

よっぽど気が楽
なんじゃないの?

それに、

運転というのは、

感覚や勘で行うものなんで、

自分で運転したり、

機械にまかせたりしてるうちに、

感覚が鈍くなってきたり、

勘が狂ってきたりして、

かえって危険性が増すと思う
んだけど?


それと、

ある家電メーカーの開発担当部長が言ってたけど、

プログラムにはバグがつきもので、

バグをゼロにするなんて、

絶対できない
んだそう。


実際、車関係でも、

日本のあるメーカーが販売した車で、

シフトチェンジのプログラムに不具合が見つかって、

該当する車が回収され、

プログラムの修正が行われたという実例がある。


もし、自動運転の車が、

バグによって事故を起こしたら、

いったい誰が責任を持つ?

これって、

人命に関わることなんだからね。



そもそも、

自動運転車なんて、

ユーザーの要望や、

社会のニーズがあって、

開発されてるわけじゃなく、

メーカー同士の競争の過程で、

より便利な機能を有する車として、

各メーカーが、

かってに開発してるに過ぎないと聞く。

ニーズがないんだったら、

実現できるかどうか怪しいそんなもの、

やめちゃった方がいいと思うけど。



あと、

ITつながりで、

もう一つ言わせてもらうと、

最近、

なんでもネットにつなぐのがブームだけど、

車をネットにつなぐことの危険性を示した、

おもしろい実験がアメリカで行われた。


新聞によると、

アメリカ合衆国において、

ある善意のハッカーの提案により、

車のコンピューターシステムを、

ハッキングする実験が、

国の主導で行われたんだそう。


で、

結果として、

そのハッカーは、

やすやすと実験車のシステムに入り込み、

突然、ラジオを大音量で鳴らしたり、

車のスピードを急に落とさせたりして、

ドライバーを混乱させたそうだ。


ドライバーの話では、

実験とわかってても、

パニックになったという。

そりゃそうだろうね。


ハッカーに悪意があれば、

それくらいのことじゃすまないのは、

明白なこと。

重大事故が起きる可能性だってある。


ちなみに、

車のメーカーは、

その車を、

リコールせざるをえなくなったそうだ。



この世に、

絶対バグのないプログラムも、

絶対ハッキングされないシステムも、

存在しない。

これだけは絶対だ。




あとさき考えずに、

功名心に駆られて、

既存のものに、

よけいなものをつけ加えるのは、

愚の骨頂。


今の人間、

特にIT関係の天才たちは、

新技術の追究だけで頭がいっぱいで、

“何のためにそれが必要なのか”

といった本質的な問題や、

その技術を、

“個人や社会のためにどう役立てるのか”

といった応用の問題に、

とかく目が向かない傾向にある。

しかし、

このように、

技術面だけが先走って、

生身の人間との関わりを、

軽視するような発想で作られたものは、

人間にとって必ず禍となる。





最近、

つくづく、

“人間てバカだな”

って思う。


確かに、

技術面では、

たとえば武器だって、

こん棒から原子爆弾に変わったように、

確実に進歩してる。


でも、

それを扱う人間の精神性は、

“こん棒”の時代から、

まったく変わってない。

これは恐ろしいことだ。

何もわからない幼児が、

核ミサイルの発射ボタンに、

手を置いてるようなものなんだから。





人間は、

第一次、第二次の両大戦で、

数千万の犠牲者を出すまで、

帝国主義を捨てられなかった。


いまだに、

エゴむき出しの、

競争、戦争、環境破壊に、

あけくれてる。

しかし、

いずれは、

過去の災厄とは比較にならないほどの、

大規模な災厄にみまわれて、

絶滅の危機に瀕するだろう。

そして、

その時になって、

初めて己の過ちに気づくだろう。



人類は傲慢だ。

本質的に成金だ。

最後は、

自分たちの技術で、

自分たちの身を、

滅ぼすことになる。

野蛮な競争原理では、

自身も環境も、

守ることはできない。






話がだいぶ横道にそれちゃったけど、

僕が思う交通のあり方は、

次のようなもの。



僕がバイクで山道を走ってるとする。

前の車は運転がおぼつかない。

とても遅い。

それでも僕は、

あおったりすることなく、

辛抱強く後ろについて走る。

すると突然、

前の車が左のウインカーを出し、

車を左に寄せて停車する。

そしてドライバーが、

手を前後に振って、

“先に行っていいよ”

って合図する。

僕は、

その車を追い越すんだけど、

その追い越しざまに、

“ありがとう”

の意味を込めて、

左手を挙げる。


山道をバイクで走ってる時、

僕はこのようなシチュエーションに、

たびたび遭遇した。


一方、

僕が四輪で山道を走ってる時、

後ろからバイクが追いついてくると、

必ず左に寄って、

そのバイクを先に行かせてあげる。

ライダーは左手を挙げて、

感謝の意を表す。

僕は心の中で言う。

“気をつけてな”

“無理すんなよ”

“Ride safe!”




交通って、

こういうもんだと思うんだけどな。

何ごとにつけても、

大事なのは、

想像力と思いやり。

これは機械にはない。







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