夢と冒険とロマン

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<<   作成日時 : 2017/01/10 21:30   >>

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画像



この写真は、

2017年1月3日に撮影したもの。


この風景が好き。

電柱などの見苦しいものがなく、

家も1軒しか建ってない。

都会にしては、

また、日本の景色にしては、

とてもシンプルで、

すっきりしてる。


その1軒の家も、

白雲のような壁といい、

青空のような屋根といい、

風景全体に、

とてもよくマッチしてる。


彼方に続く1本の道は、

少し先でカーブしてて、

その先が見えない。

そこが、

僕たちの想像力を刺激する。


その先にあるのは、

幸なのか、

それとも、

禍(わざわい)なのか・・・

人生を思わせるようなその道。


僕は、この風景に、

日本画の巨匠、

東山魁夷の名画「道」を、

重ね合わせてる。



もちろん、

ここは、

僕のお気に入りの撮影スポット。

ここでは何度も写真を撮ってる。


で、

今回の写真は、

その中でも、

僕が特に気に入ってるものだ。



理由は以下のとおり。


理由(その1)


愛車の光沢あるライムグリーンが、

そのまま美しく撮れてる。


日がまともにあたった状態だと、

なかなかこんなふうに撮れない。

日の光のせいで、

“つや消し”のような感じになって、

光沢がまったく見られなくなってしまうのだ。


愛車の、

若葉のように柔らかい緑が好きで、

それが自慢の僕にとって、

めったに撮れない光沢が撮れたことは、

とても幸運なことに感じられる。



理由(その2)


空が美しい。


この写真の青空は、

ソーダ水のように、

みずみずしく撮れてる。


僕は空の青が好きだ。

見てると気持ちがふくらんで、

何でもできそうに思えてくる。

青い色に無限を感じ、

その果てしない世界を、

どこまでも飛んでいきたくなる。


青一色の空間に浮かぶ、

真っ白なちぎれ雲もいい。


見てると気持ちがピュアになる。

広大な空間を、

ひとり流れていくその姿は、

まさに、

僕の憧れる、

自由気ままな旅人そのものだ。



この写真が撮れたことで、

2017年まで生きられたことと、

まだバイクに乗れてることが実感できて、

やたらとうれしく感じられたのだった。



            *        *        *


12月中旬頃から、

腰痛に襲われるようになった。

2015年も同じ時期に、

同じ場所(腰の右の部分)が痛くなったのだが、

2016年の腰痛は、

その痛さの度合いが違った。


ちょっと身動きしただけで、

ビリビリビリッと、

まるで電気が走ったような猛烈な痛み。


基本、

痛みはガマンする主義の僕だが、

さすがに、

この痛みには耐えられず、

何年かぶりで、

ストックしてあった痛み止めを飲んだ。


おかげで、

ビリビリする痛みは治まったが、

それでも、

普通の痛みは残った。

痛み止めを4回飲んでも、

完全には治らないので、

これが痛み止めの限界なんだと思い、

あとは自然に治るまで、

ガマンすることにした。


というわけで、

1月10日現在、

まだ腰痛は残ってる。


まあ、

2015年の12月には、

仙骨の痛みと、

足の裏の痛みと、

腰の痛みと、

三拍子そろってたんで、

2016年の12月は、

それよりは、

まだましなのかもしれない。


それにしても、

僕の人生、

いつもこんな具合に、

どこかの痛みに苦しめられてる。


で、

その多くが原因不明。

治療法なし。



            *        *        *


わが家の庭には、

何本かの木が植わってる。


木は毎年枝を伐らないと、

枝がどんどん伸びてしまうし、

それと同じ分だけ根を広げてしまう。

枝は、

1年で1メートルくらい伸びる。

これをほっといたら大変だ。

家の土台までひっくり返しかねない。


母が生きていた頃は、

なじみの植木屋に、

年に一度枝を伐ってもらってた。

近所のウチも、

みんな同じ植木屋がやってた。


しかし、

母が亡くなってからは、

その植木屋が来なくなった。

まわりのウチには、

言われなくても、

毎年同じ時期(10〜11月頃)に来るのに、

ウチだけ来ない。


しかたなく、

これまで電話して、

1月に来てもらってたのだが、

なぜかウチには来たがらず、

来ても、

いろいろいやがらせをされてた。


たとえば、

1月中に来る約束をしていて、

20日を過ぎてもおとさたがないので、

電話をすると、

“じゃあ明日行く”

って、

怒ったような声で、

返事をしてくる。


今日の明日だと、

こちらが困ると思って、

わざとそう言ってくるのだ。


そうかと思うと、

料金をいつもの2倍請求してきたり、

極端に少ない料金を請求してきて、

通常その日に受けとるのに、

その時にかぎって受けとらず、

何日も支払いができない状態にしたり。


また、

せっかく用意したお茶を、

飲まずに帰ろうとしたこともあった。

その時は、

たまたま、

その植木屋の弟さんがいっしょだったので、

昔から性格がいいと言われてた、

その弟さんにうながされて、

しぶしぶお茶を飲んでいったけど。


植木屋のこのような行為は、

すべて、

僕を困らせて、

仕事を依頼できないようにするための、

いやがらせなのだ。


昨年の12月に、

“年内でも、1月でもいいからお願いしたい”

と、

電話で頼んだ時は、

奥さんが出て、

“ダンナに聞いてみる”

って話だったけど、

いまだに返事がこないところをみると、

ついに、

やってもらえなくなったのかもしれない。


腕がよく、

仕事が早くて、

超低料金。


今時の植木屋と違い、

機械などいっさい使わずに、

枝切りバサミと熊手だけで、

道路には葉っぱ1枚残さず、

完璧に仕上げてしまう。


1人で、

そのへんの植木屋の5人分くらいの、

仕事をこなす。

時間が余れば、

草まで抜いてくれる。


ほかの植木屋の仕事ぶりも見てるんで、

その手際のよさは、

高く評価してるし、

この植木屋がやってくれれば、

本当に助かるんだけど・・・


しかし、

何分にもむずかしい人物。


まあ、

昔から、

“職人は意地が悪い”

とは言われてるけど。


思えば、

母が生きてる頃から、

この人は、

あまり態度がよくなかった。

わが家をバカにしてるような、

ところがあった。


母亡きあと、

いい年をした息子が、

結婚もしないで、

バイクなんぞ乗り回してるのを見て、

いっそうバカにしてるのかもしれない。

腰痛もちなんで、

思うように草とりもできず、

草も生えがちだし。


もし本当に来なかったら、

別の植木を捜さなきゃならないんだけど、

果たして、

やってくれるところがあるかどうか。

もしどこもダメだったら、

木を全部伐っちゃうしかない。



病気に苦しめられ、

業者にバカにされ、

常に何かに悩まされてる自分。

近所づき合いでも困ることが多い。



北隣のウチの木の枝が伸びてきて、

わが家の台所の窓のアミ戸をこすってたんだけど、

なかなか対応してくれなかった。


また、

そのウチとわが家の境には、

そのウチのツル性植物が、

ずらっと植えられてて、

そいつらが、

いっせいにそのツルを伸ばし、

境界にあるフェンスの間をぬって、

わが家の庭に入ってきてしまう。

そして、

どんどん根を生やしていく。

かってに切るわけにもいかず、

草とりのじゃまにもなるし、

本当に困ってる。


なかでも、

一番迷惑なのが、

そのウチで数年前に植えた笹。


笹は竹と同じで、

地下茎で広がっていくので、

容赦なくウチの庭にも侵入してくる。


画像

       隣の家の笹。


そいつらが、

あちこちに芽を出してくるのを、

一生懸命とってるんだけど、

硬くてなかなかとれないし、

たとえとったとしても、

地下茎で隣とつながってるんで、

どうにもならない。


まるでモグラたたきのように、

またすぐに、

そこらじゅうから芽を出してくる。

画像

       物置のそばの芽を抜こうとしたら、こんなに長い地下茎が・・・


悪いことに、

このような植物は、

南と東に向かって伸びようとするらしく、

わが家の北隣にあるそのウチの笹は、

そのウチの庭より、

南側のわが家の庭の方を好んで、

より多く進出してくるようだ。


笹については、

その北隣のウチだけでなく、

西隣のウチでも(こちらは何十年も前から)植えてて、

東側のわが家の庭に進出してきて、

生前の母を泣かせていたのだった。


というわけで、

現在わが家は、

北隣と西隣の二方向から、

“笹攻撃”

を受けてる状態。

ただ草をとるだけでも大変なのに、

隣のウチの笹にまで悩まされるなんて、

どこまでもツイてない。



さて、

お次は道をはさんで南隣。


このウチには、

小学校低学年の男の子がいて、

いつも自宅の周囲で、

サッカーボールを蹴って遊んでる。


それが早朝からなのだ。

しかも毎日。

わが家の塀にボールをぶつけて。


毎朝、

そのドカンドカンという音で目がさめてしまい、

そのあとは眠れなくなる。


寝不足になるし、

ホント、

イライラするんだけど、

近所同士なんで、

なかなかもんくも言えない。


今度、

わが家の塀じゃなくて、

自分のウチの塀にぶつけるよう、

言ってやろうと思ってるんだけど。


このことについては、

もう一つ困ったことがある。


その子は休日などに、

父親や友達と、

よくわが家の前の道で、

ボールを蹴ってるのだが、


そのボールを、

頻繁に、

わが家の庭や車庫に入れるのだ。


そのたびに、

ひと言のことわりもなく、

かってに車庫の扉を開けて、

ボールをとっていく。

車庫を出たあとは、

扉を閉めもしない。


ボールをとるのはかまわないけど、

わが家の敷地に入ってくる時は、

“ボールをとらせてください”

とか、

ひと言、声をかけて欲しい。


で、

この車庫にボールが飛び込んでくる、

ことについてなのだが、

最近あることに思いあたった。


それは、

昨年10月に、

車のテールランプが割れてた件。

画像

       割れたテールランプ。


当初、

スーパーの駐車場で、

何者かに割られたのかと思ってたのだが、

よく考えれば、

そんなことをするやつがいるとは思えない。


それより、

しょっちゅう車庫に飛び込んでくる、

サッカーボールが当たって割れたとする方が、

ずっと自然だと思われた。


そういえば、

割れた部分に、

わずかに泥のようなものがついてたっけ。


おそらく、

庭に落ちたボールが、

はずんで車の後部に当たったんだろう。

それで、

テールランプが割れたんじゃないかと。


その場を見たわけじゃないから、

断定はできないけど、

まず間違いないと思う。


このことは、

いずれその子の父親に言うつもりだ。

“誰がやったのかはわからないけど、

昨年の10月に、

車のテールランプが割れてたことがあった。

ボールが当たれば、

そうなる可能性もあるので、

できるだけ、

わが家にボールを入れないようにしてもらいたい。”


と。



自分自身の身体で苦労し、

近隣住民にも、

迷惑をかけられっぱなしの人生。


だが、

いやな思いをさせるのは、

近所の住民だけじゃない。

行きずりの知らない人間にも、

いやな思いをさせられることが多い。



ほんの短い距離を、

ほんのわずかな時間、

車で移動しただけで、

たちの悪いやつにからまれたりする。


トラブルに巻き込まれたり、

ひどい時には、

危機的な状況に陥ったりしたこともあった。


こういうたちの悪い人間は、

数千人に1人くらいの割合でしか、

いないと思うんだけど、

僕は前述のように、

ほんのちょっとの外出時でも、

その種の人間に出くわすことが多い。


“犬も歩けば棒にあたる”

という言葉があるけど、

僕の場合は、

“旅人が歩けば、キチガイに出会う”

だ。


僕のまわりには、

ろくな人間が寄ってこない。


僕が知ってるまともな人間は、

このブログの一部の読者の方たちだけだ。




八方ふさがりで、

前に進むことも、

後ろに退くこともできず、

起こるのは、

ひたすら悪いことだけ。

不安と苦痛と屈辱の毎日。

頭のいい人だったら、

とっくに自殺してるだろう。


僕は頭が悪いせいで、

いまだに生きてるわけだけど。


というのも、

頭が悪いから、

完全に絶望しきれないのだ。


心のどこかに、

“まだなんとかなるんじゃないか”

なんていう、

あまい気持ちがあって、

それを捨てきれないでいる。


去年は、

イギリスがEUを離脱したり、

小池さんが都議選で、

自民党候補に勝ったり、

泡沫候補と目されてたトランプ氏が、

本当にアメリカの大統領になっちゃったりと、

まさかの出来事が続発した。

それらを見て、

僕は、

もしかしたら、

僕にも大逆転が起こるんじゃないかと、

思うようになった。


いや、

“そう思わないと生きていけない”

というところまで、

追いつめられてるというのが、

本当のところだ。


今の僕は、

現実をすべて無視して、

自分にこう言い聞かせてる。


そのうち、

必ず大逆転が起こる。

僕の時代がくる。

これまで受けてきた屈辱を、

いっきょにはらし、

世界に君臨できる日が、

きっと訪れる!




さて、

話は変わるけど、

イギリスのEU離脱にしても、

トランプの大統領選出にしても、

実にとんでもない話だ。


あきれはてる。


そんなことしたら、

イギリス経済は破綻するだろう。


また、

トランプが、

いままで言ってきたことを、

そのまま実行したら、

まずアメリカの経済が大混乱をきたすし、

もちろん、

世界の政治も経済もメチャクチャになる。


彼の言ってることには、

合理性がまったくない。

彼の頭の中にあるのは、

ファンタジーだけだ。

そういう意味で、

彼は“ファンタジスタ”だと言える。笑

この世の景色を、

地獄のそれに変えてしまうファンタジスタだと。


それを見抜けず翻弄されてる世界市場。

愚かな人間ども。


トランプが米大統領に選出された時、

僕の脳裏にある物語が浮かんできた。


それは、

イソップの「愚かなカエルたちの話」


池に住むカエルたちが、

ある日神様にお願いごとをした。

“われわれに指導者をおくってください”

と。


すると神様は、

棒っきれを投げてよこした。


で、

最初はその棒っきれを、

指導者として畏れかしこんでいた、

カエルたちだったが、

そのあまりのおとなしさに、

だんだんものたりなくなってきて、

しまいには、

指導者をバカにしはじめて、

上に乗っかったりするようになった。


カエルたちは思った。

“もっと強力な指導者が欲しい”


ということで、

カエルたちは、

再び神様にお願いした。

“もっと強い指導者をおくってください”

と。


すると今度は、

神様が、

蛇をおくってよこした。

そして、

カエルたちは、

その蛇に、

みな呑み込まれてしまった。




いまから2千5百年も前の、

ギリシアの寓話作者イソップ(アイソポス)が、

語った真実。


人類は、

いまだにそれを理解してない。


人間は愚かだ。

この何千年の間に、

賢人たちが遺してる真実の言葉を、

いまだに理解できず、

延々と同じ過ちを繰り返してる。


今から2千5百年前の、

ギリシアの哲学者プラトンは、

その著書「ソクラテスの弁明」で、

人が身につけてるテクノロジーと、

その人の頭のよさ、

すなわち思考力や判断力は、

まったく別物であるということを、

示唆していた。


しかし、

現代にいたっても、

人間はそのことを理解しておらず、

それを混同することによって、

不幸な社会を作り出している。



人間たちが、

帝国主義という、

悪の制度を放棄するためには、

第二次世界大戦で、

何千万人という犠牲者を、

出す必要があった。


愚かな人間たちは、

大きな試練に見舞われ、

莫大な犠牲を払わなければ、

正しい道に進めないのだ。


今、人類は、

テクノロジーの進歩のおかげで、

自らを絶滅させるほどの、

強力な兵器をもっている。


しかし、

テクノロジーだけは進歩していても、

人間の頭の中身は、

いまだに、

槍や刀で戦っていた時のままだ。

まったく進歩していない。


これは恐ろしいことだ。


まさに、

“幼児が、

核弾頭ミサイルの発射ボタンに、

手をかけているようなもの”



イギリスのEU離脱や、

トランプの大統領選出は、

第二次世界大戦後、

その反省から、

地球規模での、

共存共栄をはかってきた人類の歩みが、

転換点を迎えたことを物語っている。


人類は、

今、

第二次大戦以前に、

70年前に、

逆戻りしようとしている。


そんなことできるわけないのに。


このツケは大きい。

人類に、

大いなる惨禍となって、

降りそそぐことだろう。

第二次大戦程度ではすまない。


このままいけば、

世界経済はパニックを起こすだろう。

世界規模で政治が混乱し、

人類は、

そのすべてが難民状態になるだろう。


これぞ、真のハルマゲドン。

世界秩序の崩壊は、

人類に絶滅の危機をもたらすだろう。


僕としては、

それを歓迎したい気分だが。笑


僕には、

“世界の終末が見てみたい”

という、

強い願望がある。

いろいろな思いがからんでのものだが。笑




人類は愚かすぎる。

悪すぎる。

調子にのりすぎている。


だから、

一度シャッフルされるが必要が、

あると思うのだ。




おそらく、

大絶滅ののち、

わずかに生き残った人類たちは、

今よりましな社会を、

築いてゆくだろう。


僕は、

そのことに、

かすかな期待を抱いている。








僕の魂は、

世界最高峰の美と知にふれている。

しかし、

僕の肉体は、

現実の中で、

汚穢にまみれている。



            *        *        *


年越しそば。

画像



何年かぶりで食べた。

スーパーで買ってきて。






                                        Copyright

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
素敵なお写真ですね、旅に出たくなるようなそんな気持ちになります。
ZXRの頃からライムグリーンに乗ってましたがいい色ですね、(レプリカ全盛期はどれも格好良かったですが(^_^;))以前、ある観光地に行った時に地元のお婆ちゃんが近寄っきて「いい色だね〜本当にいい色だわ〜」と言って貰えて嬉しかったんですが、バイクではなく色を誉めてくれてる所がビミョーなとこでしたが(笑)

本年もお互い良い年にしたいですね、旅人さんの幸福を祈ってます。
自然好きライダー
2017/01/15 22:57
自然好きライダーさん

ZXRに乗ってらしたんですね!
いいバイクでしたよね。
当時のバイクは、
スタイルも、性能も、カラーリングも、
すべてが最高でした。(=^▽^=)

なかなか愛らしいお婆ちゃんじゃないですか。
バイクのことはまったくわからないけど、
とにかく美しい色に感銘を受けたんでしょうね。
それと同時に、
ライダーである自然好きライダーさんに、
せいいっぱいの敬意を表したんだと思います。

そのような出会いこそ旅の醍醐味ですね。
僕の経験だと、
四輪の時はほとんどないけど、
バイクだと、
旅先でいろんな人から話しかけられます。
そんなふれあいが楽しいし、
心が温まるから、
バイク旅がやめられないんですが。

ライムグリーンは、
人の目に喜びを与えてくれる色だと思います。
僕の2008年型Ninja250Rは、
そのライムグリーン単色で、
ピュアなもの、シンプルなものを愛する僕の、
お気に入りのカラーリングなんです。
見るたびにほれぼれします。笑

“ZXR”の3文字を見たとたん、
胸がときめいてしまいました。
そして、
泣きたいほど懐かしくなりました。

2017年が、
自然好きライダーさんにとって、
幸せな年でありますように!
そして、
その幸せが未来永劫続きますように!!
旅人
2017/01/19 19:38

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