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zoom RSS 孤独、愚痴、桜

<<   作成日時 : 2017/04/15 19:35   >>

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孤独

僕は、

バイクに乗って冒険したりする反面、

本もたくさん読んできた。


知性の世界と野性の世界を、

ともにきわめたいと思ってたから。


本は、

ヨーロッパの古典文学を中心に読んだ。


プラトン、

ダンテ、

シェークスピア、

ゲーテ、

ハイネ、

シェリー、

バイロン
等々。


でも、

それらについて語り合える相手がいない。


テレビやネットのない時代ならとにかく、

今時、

そんな本を読む人などほとんどいないから。


古典文学の世界は、

叡智に満ちた、

この世で最も美しい世界であり、

それについて語り合えれば、

人生における、

極上の時間を過ごすことができるんだけど・・・



今のままじゃ、

ただ練習するだけで、

試合に出させてもらえない、

高校野球の選手みたいなもんだ。


自分の実力もわからないし、

美しいものを誰かと共有するという、

人として生まれてきたうえでの、

晴れの舞台に立つことも許されない。


自らの魂の中には、

光り輝く世界が広がってるのに、

まわりは真っ暗。


ひたすら、

孤独を感じる。



ああ、

文学について、

哲学について、

歴史について、

世界について、

宇宙について、

人間について、

恋愛について、


誰かと語り合いたい。




せめて、

彼女でもいればなぁ。

孤独な心も癒されるのに。


女の子には、

むずかしいことは要求しない。

女の子って、

存在そのものが“美”だから。

知識や教養なんて、

なくたってかまわない。

そこにいてくれるだけでいい。

そばで、

ほほえんでくれてるだけでいい。



でも、

それもうまくいかない。


女の子は、

僕に対して、

自然にふるまってくれない。


なぜかわからないけど、


“(僕の前だと)緊張する”


って言うんだ。


ツーリング先の売店で、

接客してくれたアルバイトの女の子が、

買い物を終え、

僕がその場を離れようとした際、

同僚に、


“緊張しちゃって・・・”


って言うのを聞いてびっくりした。


僕自身シャイな方だから、

女の子と二人きりだと、

お互いぎごちなくなっちゃう。


これじゃ彼女なんて、

とうていできそうにない。



バイクの楽しみは、

大方味わいつくした。

古典文学も、

読むべきものはほとんど読んだ。

彼女なんて期待薄。


今の僕にとっての楽しみは、

48グループのパフォーマンスを、

見ることだけだ。




僕は今、

48グループの子に片想いしてる。






愚痴

端末を新しくするにあたって、

自宅のwi-fiの環境を変えなければならなくなり、

端末のメーカー、

通信会社、

プロバイダなどと相談しながらやってるんだけど、

うまくネットに接続できない。

その状態が1ヵ月半以上も続いてる。


だって、

みんなわかんないんだも〜ん。( ´ д `;)



相談相手の人が、

状況をうまく把握できなかったり、

知識不足だったり、

総合的な判断力に欠けていたりで、

結局、技術的な知識については教えてもらうものの、

推測や判断は全部自身でやるしかない状態だ。


それにしても、

みんな何でそんなに頭が回らないんだろう?


今の人って、

視野狭いし、

思考力や判断力がないし、

コミュニケーション能力も日本語力も不足してる。


NHKのアナウンサーの日本語のひどさといったら!

年長の上司にも、すでに、その間違いを正すだけの能力がない。


確かに、

時代とともに専門技術だけは進歩してる。

でも、

人間のクオリティーは低下してるし、

人としての“感じる力、考える力”は、

明らかに退化してる。


まさに、


“天は二物を与えず”


っていうやつ。


何かを得ると何かを失う。

物質的な発展に伴い、

精神面の劣化が進む。




数年前に90才を過ぎて亡くなった、

センドラーという、

第二次大戦中に、

ナチスからユダヤ人の子供たちを、

救う活動をしていた女性が、

晩年になって次のように言ってた。


“今の人たちより、

ナチス時代の人たちの方が人として優れている”



そのとおりだと思う。



今の人間たちは、

ものがわからなくて、

本当にどうしようもない。

こんなんじゃ、

いずれ社会は崩壊してしまうだろう。




ああ、

明治時代や大正時代に生まれたかったなぁ。

当時は、

人権なんてない恐ろしい時代だったし、

社会の状況も人々の生活環境も劣悪だったけど、

しかし、


“人間そのものは今よりまともだった。”


テレビもネットもなく、

みんな本を読んでたんで、

一般の人の中にもけっこうインテリが多くいた。


今は話し相手になるような人間がいないけど、

当時だったら、

それにこと欠かなかっただろう。








今年もが見れた。

ソメイヨシノが咲く頃まで生きられた。


それだけ。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。はじめまして。
通りすがりの者です。東京モーターサイクルショーで検索していたら貴殿のページにたどり着きました。
1994年ごろ見に行かれてたんですね。私も何度か行きましたが、あのころのコンパニオンのほうがよかったと思いますね。それにもっときわどい?コスチュームだったかと。Tバックの子とかいたように記憶してますが^^;;

おっしゃる通り、時代は進化しているようにみえるけれど
人間は、とくに日本人は退化していますよね。昭和のころのほうが物騒で、プライバシーもなく、セキュリティーもなかった。しかしそれだけに人と人が密にかかわりあっていたと思います。子供も子供らしかった。貧しい人たちもいたが、今の貧しさとは違っていましたよ。これから少子化が進んでいくわけですが、おそらくこの国はさらに衰退していくんだろうなと感じます。日本の頂点は昭和39年ごろだったんではないでしょうか。それでは失礼致します。
匿名
2017/05/14 21:47
匿名さん

僕が東京モーターサイクルショーに初めて行ったのは、1994年の3月でした。
当時のキャンギャルはハイレグの水着を着用していました。
彼女たちは性格もよく、プロ意識も高かったです。
僕のような安物のカメラを持った者が1人で行っても、全員がポーズをとって、笑顔で撮影に応じてくれました。
まだ、バイク業界の景気もそれほど悪くなかった時代で、キャンギャルのクオリティーも高かったんだと思います。

今の若い人たちは、一番吸収力の高い時期に、アニメや漫画、ゲームやLineなどに魂を奪われ、ものを考える機会を失っています。
すなわち、なにも考えなくなってしまっているんです。
これでは家畜も同然です。
また、それと関連して、コミュニケーション能力や日本語の能力も著しく低下しています。
ある企業では、上司の言うことを若手が理解できないため、業務に支障をきたし、やむをえず、社員教育を日本語の勉強から始めざるを得なくなりました。

このような状態が続けば、いずれ日本のコミュニティーは崩壊してしまうでしょう。
旅人
2017/05/15 12:18

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