楽しみが・・・

これまで僕は、


“自分の人生

いやなことが多いのはしょうがない

それはあきらめてる

ただ

いいことがまったくないのがつらい”



と言い続けてきた。

しかし、


“いいことがない”


ということは、


“楽しみがない”


ということとは違う。


人は、

マイナスなことばかりで、

プラスになるようなことが、

まったく起こらない人生でも、

日々の暮らしの中で、

自分なりの楽しみを、

見つけることができる。


たとえば、

ある人が、

澄んだ青空を見て美しいと思えば、

そういう日が訪れることは、

その人にとって、

一つの楽しみとなるのだ。


たったそれだけのことでも、

それが多少なりとも、

その人の心をなごませてくれるなら、

それは間違いなく楽しみと言えるものなのだ。

青空はその人だけのものじゃないし、

誰でも自由に見られるものなんだけど。


そのように、

誰にでも許されているもので、

ほかの人にとっては、

どうってことないようなものであっても、

もともと楽しみの選択肢がなく、

ただ、

不運によって、

感受性が異常に鋭くなっているような人の場合、

そのような、

普通の人が特に感じることがないようなものにも、

本質的な美を見出すことができたりする。

運に恵まれた人なら、

素通りしてしまうようなささやかなものの中に、

最高の美と快楽を見つけ出したりする。



僕の場合もそう。

誰も気にとめないようなものに、

喜びを見出し、

それを生きる糧にしている。


では、

僕が楽しみにしている、

そのささやかなものとは何か。

それは次の四つ。



1. AKB48の冠番組「AKBINGO!」を見る  こと。

2.同じくAKB48の冠番組「AKB48SHOW」 を見ること。

3. グーグルのSNSであるグーグルプラスを書くこ  と。

4. ブログの管理ページを開いて、閲覧数が増えるの  を見ること。



これらについては、

単に、

“ほかに楽しみの選択肢がないからそれを楽しんでる”

というだけではなく、

知性の分野では、

世界最高峰の文学を読み尽くし、

野性の分野では、

オートバイで走り屋までやって、

生と死の境界線上のみで味わえる、

究極の喜びを体感した僕が、

選択肢のあるなしは別として、

人生でたどり着いた、

“最終的な美と快楽の世界”

ということでもあるのだ。



ここ数年の僕は、

不幸以外ない悲惨な人生を、

それらを支えに生きてきた。

それらは僕にとって、

生きていくのに欠かせない、

水や空気のような存在だった。


誰しもそうだろうけど、

水や空気がなくなる日がくるなんて、

思いもしないだろう。

当然、僕もそうだった。

僕はこれらのものが永遠に続くと、

無意識に思い込んでいた。




ところが・・・



今年の3月に、

なんと、

世界的なSNSであるグーグルプラスが、

終了してしまったのだ。



2012年頃に始まったグーグルプラスは、

グーグルがそれを使わせたいがために、

ユーチューブのSNS的機能を、

すべて削り取ることまでして、

ユーザーに使用するよう求めてきたSNSだ。

そのように、

世界的SNSだったユーチューブを破壊し、

その代わりとして設けたSNSだったのに、

ちょっと都合が悪くなると、

世界中のユーザーの想いを無視して、

あっさり廃止してしまう。

これだからIT関係者は信用できない。



同じく今年3月、

AKB48の冠番組の一つである、

NHK・BSプレミアムで放送されていた、

「AKB48SHOW」が終了してしまった。



「AKB48SHOW」は、

48グループの楽曲を、

シングルの表題曲からユニット曲、

公演曲にいたるまで

通常テレビでは披露されないような曲を、

フルで聴かせてくれる貴重な番組だった。

それがなくなると、

ライブにでも行かないかぎり、

また、有料の配信に加入しないかぎり、

表題曲以外の楽曲は聴けなくなる。


写真は、

「AKB48SHOW」史上の二大傑作、

東李苑と古畑奈和が歌う、

「ヒグラシノコイ」(上)と、

東李苑のピアノと古畑奈和のサックスによる、

「枯葉のステーション」(下)。


AKB48SHOWヒグラシノコイb.jpg


AKB48SHOW枯葉のステーションb.jpg


さらに今年7月には、

ブログの個別の記事の、

閲覧数をカウントする機能が廃止され、

記事ごとの閲覧数を知ることができなくなった。



管理ページを開いて、

数百に及ぶブログの、

閲覧数の伸びをチェックするのが、

何よりの楽しみだったし、

それがブログを書くうえでの、

モチベーションになっていたのに。


以後、読者の反応もわからないまま、

ただ書くだけなので、

読者を喜ばせたいとか、

クオリティーの高いものを書きたいとか、

そういった意欲がうすれてしまった、


“書かずにいられないものがあるから書く”


ただそれだけのことになってしまった。



そしてきわめつけは、

AKBがまだ無名の頃から11年半も続いてきた、

AKB48グループ最大の冠番組「AKBINGO!」の終了だ。



これをもって、

AKBの冠番組と言えるようなものは、

すべて姿を消してしまった。

今後、

選抜メンバー以外のメンバーを知る機会も、

シングルの表題曲以外の曲を聴く機会も、

いっさいなくなる。


これからは、

メンバーに関する情報も入ってこなくなるし、

その素の姿を見ることもできなくなる。


写真は、

「AKBINGO!」で、

スタジオライブを行うメンバーたち。


オレンジと白b.jpg


スタジオセットの、

オレンジと白の市松模様の床が、

気に入ってる。

配色がいい。

僕は色で癒やされるタイプなのだ。


オレンジ色は、

それ自体、

気持ちを明るくしてくれる色だし、

柑橘類のオレンジをも連想させてくれる。

そして、

そのオレンジなどの柑橘類の香りは、

人の気分を高揚させると言われているのだ。


僕は、

「AKBINGO!」のスタジオの、

このオレンジと白の床を見るだけで、

幸福感を感じてしまう。




ライブに行っても、

ステージと観客席の間には、

演じ手と観客という立場の違いから、

はっきりした区分けがある。

そこには高い壁が存在する。

そこで披露されるメンバーの情報なんて、

たかが知れており、

みなよそいきの情報ばかりだ。

しょせん芸能人とそのファンという、

住む世界の違う者同士。

型どおりのことしか行われない。


その点、

冠番組が茶の間で見れるという状況は、

まったく違う世界をもたらしてくれる。


スタジオのメンバーは普段着。

番組内での自由なやりとりは、

時にはハプニングを起こさせ、

メンバーの本音が飛び出したり、

思わぬ素顔が見えたりする。


そこには、

演じ手と観客を遮る壁などない。

茶の間とスタジオは一体となる。

僕は茶の間にいながらにして、

彼女たちに混じり、

その気分を共有する。

彼女たちとともに一喜一憂する。



実際、

僕は歌手のライブを、

何度か見たことがあるし、

バラエティー番組の公開収録を、

その場で見たこともある。

でも、

演目に感動したり、

出演者との一体感を感じたことなどなかった。

自宅でくつろぎながらテレビの大画面で見た方が、

出演者を間近で見られるし臨場感もある。

なんと言っても、

番組を録画すれば何度でも再生して、

感動を新たにできるのだ。



スポーツ観戦でもそうだけど、

エンタテイメントを本当に楽しみたかったら、

自宅のテレビで見るにかぎる。



しかし、

このたびの「AKBINGO!」の終了によって、

メンバーのパフォーマンスを見るためには、

ファンは劇場やライブ会場に、

足を運ぶしかなくなった。


有料の配信サービスもあるが、

そんな中途半端なものを見るんだったら、

直接ライブを見に行った方がいい。


あらゆる意味で、

AKBを何倍も楽しませてくれた「AKBINGO!」。

その終了によって、

僕はAKBを楽しむすべを失った。

僕にとって、

AKBは存在しないも同然となった。



長きにわたって僕を支えてくれた、

古典文学やオートバイは、

今は事実上卒業状態。

すでに過去のものだ。

今の僕にとって、

現在進行形で楽しめるのは、

前述の四つのものだけになっていた。

中でも「AKBINGO!」は別格で、

それによってメンバーのパフォーマンスが、

テレビで見られさえすれば、

すなわち、

番組が存続さえしていれば、

それだけで僕の人生における、

楽しみの要素となったのだった。

逆に言うと、

「AKBINGO!」が終了するということは、

僕の人生から楽しみの要素がなくなるということ。

生きる楽しみが完全になくなるということ。




人類で、

もっとも生命力が旺盛なのは、

16才から24才までの若い女性たちだ。

そんな彼女たちが、

一心に歌い踊る姿は、

“命のたぎり”に満ちている。

そしてその“命のたぎり”は、

“命の息吹”となって飛来して、

見る者の生命力を高めてくれる。



そんなふうに、

僕に生きる力をくれたAKB。

そのAKBの冠番組「AKBINGO!」をメインとした、

“恐怖”、“苦痛”、“屈辱”

の3K人生を歩む僕を、

かろうじて支えてくれていた四つのものが、

今年に入って全部なくなることになった。


全部だ!

四つあった楽しみが、

いっぺんに全部!!

信じられない!

こんなことってあるんだろうか!?



これはどう考えたって、

“お前の人生は終わった”

という、

天からのメッセージとしか思えない。







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